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おぶわれて、皇帝の寝所へ続く廊下を進む。
外から見えぬよう左右と天井は木の板で囲われ、足もとに小さな灯りが点在するだけの長く薄暗い空間は、洞窟を思わせた。
閉じられた、まるで二人だけしか存在していないようなその場所を行くあいだ、煕佑は独り言を呟く。
「また、軽くなられた」
寵妃と宦官がここで言葉を交わすなど、あってはならないことだ。
ゆえに独り言である体が必要で、煕佑の声は本当に小さかった。
だが、音の響きにくい、だだっ広い砂漠の近くで育った綉葩は、ことのほか耳がいい。
だから、その声は充分に聞こえた。
トン、トン。
掴まるために首に回していた指先で、煕佑の襟もと、鎖骨近くの肌を綉葩は軽く叩く。
言葉を聞いている、という合図だ。
いつのまにか、二人のあいだの暗黙の約束ごとになっていた。
「ちゃんとお食事されてるのだろうか」
トン、トン。
「もっとお太りになればいいのに」
スゥ。
今度は、爪の甲で軽く撫でるようにする。
否、もしくはこの話題は終わり、という合図だ。
煕佑は小さなため息をひとつだけつき、黙った。
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