第1章

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 「もうそれくらいにしろ。こんなのやり過ぎだろ」  突然低い男性の声がして、涙と鼻水に塗れた顔を上げる。男性が二人、部屋に入ってくるのが見えた。  二人とも背が高くてしかも顔がよく似ている。兄弟か親戚なのではないかと思わせるような血の繋がりを感じる。  「あ、南條(なんじょう)さん……!」  荻野刑事は突然キビキビとした調子で椅子から立ち上がった。そして二人の男性のうち、難しそうな顔をしたスーツ姿の男性へと一礼する。藤井刑事も緊張した面持ちで一礼した。  「(かなで)、これは俺が追ってるヤマだ。邪魔するな」  「彼女はどう見ても被害者だ。お前だって罪のない一般人を誤認逮捕して、長い間拘束してたなんて事になったらキャリアに傷がつくだろ」  奏、と呼ばれた男性は、私の前に立ちはだかると南條さんと向き合った。  「逮捕は厳格な要件を満たす場合にのみ認められる強制手続だ。『罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由』がある場合と刑事訴訟法199条にもある。でも今の彼女の供述からはそれは満たしていない」  そうして二人はしばし睨み合っていたものの、やがて南條さんは「はぁ」と小さく溜息をついた。  「南條家は皆警察官になるのに、なんでお前だけ弁護士になるんだ?」  (えっ……南條って、もしかして……南條……?)  改めて不機嫌そうな彼をまじまじと見た。昔、霞ヶ関で勤めていた父が話していたのを思い出す。  確か警察官僚の多い名門旧家で財政界にも大きなパイプがあると聞いた記憶がある。『霞ヶ関で南條家を知らない人はいないんじゃないかな』と父が冗談っぽく話していたのをよく覚えている。  南條という警察官がいればまずこの一族で間違いないと言ってもいいらしい。確か、何代目かの警視総監も南條だったはず。
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