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「もうすぐ救急車が来る。どこを怪我してる?車から出れるか?」
ほら、と言って彼は両手を伸ばす。私は必死に首を縦にふると、動く右手を伸ばした。彼はその手を大きな手でぎゅっと包み込む。
「……お父さんとお母さんは?……お父さんと、お母さんは大丈夫?」
つぎつぎと涙が溢れ出る。自分でも泣いている理由がよくわからない。でもその大きくて温かい手に、自分はもう大丈夫なんだと、助かったんだと、大きな安心感に包まれる。
男性は私の言葉に前部座席を覗き込んだ。そしてゴクリと息を呑み込むと、ゆっくり目を逸らして私をまっすぐに見た。
「……大丈夫だ。お父さんとお母さんなら……大丈夫だ。君のことを心配している。だから頑張るんだ。お父さんとお母さんの為にも」
その言葉に励まされ、私は彼の助けを借りながら横転した車内からなんとか這い出た。
20代前半だろうか。見上げると背の高い若い男が立っている。でも雨が叩きつけるように降っているし、ヘッドライトの逆光もあって血まみれの彼の顔ははっきりとわからない。
「よし、いい子だ」
彼は這い出た私を見るとホッと微笑んだ。でも私が車を振り返ると、車内を見せまいとするかのように私の目の前に立ちはだかって視界を遮った。
「お、お父さんと、お母さんは……?」
「今救急隊の人が助けてくれる。まずは怪我をしている君が先だ。何処を怪我してる?痛むところは?」
「……左腕が」
男は私の言葉に視線を血まみれの左腕へと落とした。そして怪我してる腕には触れないよう私をゆっくりと抱きかかえ上げた。
「よく頑張ったな。もう大丈夫だぞ」
救急車やパトカーが何台も到着して、救急隊の人や警察が駆けまわり、辺りは騒然としている。
そんな中、彼は私を胸に抱きながら、赤いランプが点滅している救急車へと歩き出した。
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