第2章

7/13

777人が本棚に入れています
本棚に追加
/66ページ
 私も実際にコンクールで優勝した際、オールドヴァイオリンを貸与されたことがあって、しばらくそれを使っていたことがある。ガリアーノのヴァイオリンを使っていたのは、私と同じようによくコンクールに出場していた才能ある男の子だった。  「なるほど、それでか……。一ノ瀬さんはヴァイオリンを弾くの?」  まるで心の深淵を探るかのように注意深く私に尋ねてくる。  「えっと……子供の頃に少しだけ。でも高校の時に辞めました。その……受験勉強などで忙しくなってしまって」  私は言い訳がましくえへっと笑った。  10年前に失くしてしまった夢……。でも私のように子供の頃の夢を失った大人はこの世にごまんといる。何も私だけが特別じゃない。  「そうか。それは残念だな。君が弾くのを聴いてみたかった……」  奏さんは一瞬寂しそうな悲しそうな表情をする。彼の視線がスッと私の左手に落ちた。  ただの社交辞令だとわかっているのに、切ない瞳で悲しげに微笑む彼に、なぜか胸がぎゅっと締め付けられる。  「もう全然弾かないの?」  「時々趣味で弾く時はあります。本当に簡単なものばかりですけど……」  私は昔を思い出してふふっと小さく笑った。昔は一日6時間とか8時間とか何時間も防音室にこもって練習していた。あの頃は本当に自分でもよくやってたなぁと我ながら感心する。  でもそれを聞いた奏さんは、なぜかその美しい切れ長の瞳に熾烈な光を宿した。  「じゃあ今でもまだ弾いているんだ」  「あ、はい。気に入った映画のテーマ曲を弾いてみたりとか。たまにクラッシックを弾いたりもしますけど……」   すると奏さんは「そっか……」とその赤い唇に嬉しそうな弧を描きながら、運転席から私を覗き込んだ。  「あのさ、君に一つお願いしてもいいかな」  「あ、はい。もちろんです。なんでしょう?」  「あのガリアーノのヴァイオリンで俺に何か弾いてくれないか?」  え――…  全く思ってもみなかった話に驚くと同時に言葉を失ってしまう。  詐欺容疑をかけられたあの高価なヴァイオリン。まさかそれを弾いてくれと言われるとは思いもしなかった。
/66ページ

最初のコメントを投稿しよう!

777人が本棚に入れています
本棚に追加