第3章

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 ヴァイオリンのことを考えていると、急に奏さんとの約束を思い出してくる。  (今週の土曜日、奏さんに何を弾いてあげたらいいんだろう……)  先週の土曜日彼と別れた後、急いで今弾けそうな曲をリストアップしてみた。クラシックからポップスな音楽まで10曲ほどだ。  (どんな音楽がいいんだろうなぁ。クラシックなんてなんともマイナーというか……普通は興味ないよね……)  はぁーっと頭を抱え込みながら、何か他に弾けそうな曲がないかとスマホでネットをいろいろと検索してみる。  (直接聞いてみるべきかな。もう時間もないしな……)  私はバッグの中に手を突っ込むと、一枚の名刺を取り出した。  奏さんからもらったもので、裏にはプライベートの携帯番号が書いてある。なにか用事があるときは、いつでもこの番号へ電話してと手渡してくれた。   嘉数(かかず)法律事務所   弁護士 南條 奏  国内でも一二を争う有名なローファームだ。  彼は今年からシニアパートナーになったらしい。はっきり言ってあの歳であの有名なローファームのシニアパートナーとか凄すぎる。この名刺を見るだけでも、なんだか威厳を感じてしまう。  よくよく考えると、弁護士の知り合いができるのは人生でこれが2回目だ。一番初めにお世話になったのは、あの事故の後だ。  刑事裁判の後、私を含めた事故の被害者があの煽り運転の男に対して大きな民事裁判を起こした。その時にお世話になった弁護士さんとは今でも時々連絡を取り合っている。まだ高校生だった私の事をとても気にかけてくれた、優しくて凄腕の弁護士だった。  (またあの弁護士さんにメッセージでも送ってみようかな……)  年賀状や誕生日カードにはいつも手書きで心のこもったメッセージを今でも毎年送ってくれる。  彼にも私と同い年の娘がいるらしく、この裁判には必ず勝つとあの時心強く言ってくれた。そしてその言葉の通り、予想以上の勝利になった。
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