第3章

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 しばし奏さんの名刺を見つめた後、とりあえず思い切ってメッセージを送ってみることにした。  『奏さん、土曜日に弾く曲なんですが、なにかリクエストはありますか?クラシックとポップスだとどっち系統がいいですか?』  そう尋ねるとすぐに既読がついて、『クラシックがいい』と一言返ってくる。そして続けてまたすぐに『一ノ瀬さんは食べ物にアレルギーない?』とメッセージが届く。  (奏さん、メッセージの返信早いなぁ……)  思わずふっと笑みが漏れる。忙しいと聞いていたので、夜にならないと返事が返ってこないと思っていた。  『特にアレルギーはありません。それじゃ何か、クラシックの曲を数曲用意しますね』  そう返信をすると、またすぐ既読になって『楽しみにしてる』とメッセージが返ってくる。そんなやり取りだけで、なんだか口元がくすぐったくなる。  「なーに、ニヤニヤしてるのよ」  そう言いながら同僚の有永優華(ありなが ゆうか)がいつものようにお弁当をさげて休憩室に入ってきた。  優華は私と同じ年に入社したとても優秀なプログラマーで、現在は6人ほどいるプログラマーのチームリーダーをしている。  「べ、別に、ニヤニヤなんかしてないし……」  私は少し口を尖らせると、ほんのりと染まった頬を誤魔化すように、再びそぼろあんかけ丼を食べることに集中した。  そんな私をふーんと笑いながら、彼女はお茶を入れるためにティーディスペンサーへと向かう。  「今日さー、さすがに誰もいないね。この休憩室もガラガラじゃん」  ウィーンとディスペンサーの音が休憩室にこだまする。  「まぁこれだけ雨が降ってればね。優華はなんで今日リモートにしなかったの?」  「今日さ、テスト機をデータセンターに持って行かなきゃならなかったのよ。ほら、今やってる『スノームーン』の動作確認なんだけど、やっぱり社内ネットワークの時と実際にネットに置いた時の動きが違う時もあるから。それで今日どうしても出社しなきゃならなかったんだよね』  そう言いながら彼女は湯気の立ち昇ったお茶を片手に、私とは向かい側の席に腰をおろした。
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