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21階で降りると左右に廊下が続いていて、その奥には玄関のドアが見える。どうやらこのエレベーターで降りるこの階には部屋が二つしかないようだ。
左の廊下の奥を何気なしに見ていた私に、奏さんは「こっち」と右側へと進んだ。そして突き当たりのドアの前までくると立ち止まった。
「ここが俺の家」と、彼は鍵を開けて玄関のドアを大きく開いた。そこは広くて収納も沢山あるスタイリッシュな玄関になっている。
「それじゃ、お邪魔します」
私が玄関に足を踏み入れると、後ろでパタンとドアが閉まる。その途端、あの彼のつけている官能的な香水の匂いに包まれる。
「どうぞ、入って」
私はゴクリと唾を飲み込んだ。
男性の部屋に入るのはこれが初めてだということもあるけど、何故か一抹の不安がよぎる。奏さんのような大人でしかも私よりも何枚も上手そうな男性とこれから二人きりで過ごすのかと思うと、流石に緊張で小さく手が震えてしまう。
「緊張してる?」
ふっと耳元で囁かれビクっとして振り返る。すると彼の澄んだ濁りないダークブラウンの瞳とぶつかる。
「だ、大丈夫です」
私はぎゅっと震える手を握りしめた。そう、大丈夫なはず。彼は何と言っても警察官一家の出身。身元もはっきりしている。見知らぬわけのわからない男じゃない。
それにこれは先週助けてもらったお礼で、私はここでヴァイオリンを弾くだけ。そのお礼に彼が作ってくれた食事を食べて帰る、それだけだ。
「お、お邪魔します」
私は気を取り直すと、靴を脱いで玄関を上がった。
玄関を入ってすぐ真正面は収納とトイレがあるらしく、それを通り過ぎて右手に曲がるとドアがある。
奏さんが扉を開けると、その向こう側はライトグレーで統一された大きなリビング・ダイニングルームが広がっている。でも私が感動したのは、その部屋の大きさじゃない。リビングの大きな窓から一望できる東京湾の眺めだった。
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