第5章 (side kanade)

1/7

766人が本棚に入れています
本棚に追加
/64ページ

第5章 (side kanade)

 カタカタカタ――…カタカタカタ――…  シーンと静まりかえったオフィスに、奏のたたくキーボードの音が響き渡る。  (確かこの他に、R製薬の集団訴訟の準備もあったな……)  チラリと時計を見ると、そろそろ23時をまわろうとしている。  (ったく、これじゃ今日家にいつ帰れるんだ。持って帰って家でやるか?)  はぁーっと大きく息を吐き出すと、目を閉じて目頭をマッサージする。同棲初日から家に帰れないなんて、全く信じられない。  突然スマホに着信があり、奏はゆっくりと目を開ける。そして表示された名前を見て一瞬低く唸りそうになりながら、応答ボタンを押した。  「なんだ」  《お前な、なんだ、じゃないだろ。今日な、一ノ瀬乃愛を見張らせてる奴から面白い話を聞いたんだ。なんだと思う?》  電話の向こうから、双子の兄、肇の苛立った声と共に、カタカタとキーボードをうつ音が聞こえる。どうやら向こうもまだ仕事をしているらしい。  《彼女がお前の家を出入りしてるって話だ!お前は一体何を考えてるんだ。彼女は詐欺の被疑者だぞ》  「彼女は被疑者なんかじゃない。何度も言ってるだろ。彼女は明らかに被害者だ」  彼女があのガリアーノのヴァイオリンをとても大切に扱っていた姿が今でも目に浮かぶ。  今でもあんなにヴァイオリンを愛している彼女が、それを騙し取って闇オークションで売り捌くとかありえない。  《女に全く興味がないと思ったら、いきなりこれか。お前まで詐欺の容疑がかかるぞ》  そう肇は一旦言葉を切ると、イライラしたように話しを続けた。  《いいか。彼女の供述には不審な点が多くあるんだ。まず、佐藤という秘書はあの不動産会社に存在しない。そして彼女がこの女と会ったという場所はセキュリティーカメラなどがなくて、供述の確認さえ取れない。それに、そもそも何故彼女はこの黒崎とかいう男に荷物の受け取りの事を確認しなかったんだ?普通は例え秘書からそう言われても本人に一応確認の電話ぐらいするだろ》
/64ページ

最初のコメントを投稿しよう!

766人が本棚に入れています
本棚に追加