第5章 (side kanade)

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 《お前さ、やけにこの黒崎のこと気にするな》  奏は椅子をくるりと回転させると、ガラス窓越しに見える夜の空を眺めた。温暖化の影響なのか、今日もまた低気圧の接近で雨がしとしとと降っている。  ちょうどあの夜も、こんな感じで雨が降っていた。奏は彼女と初めて出会ったあの夜を思い出しながら、そっと目を閉じた。  「いいか。あの事故で刑事裁判が行われた後、彼女を含めた被害者家族は大きな民事訴訟を起こしてる」  《ああ、あの煽り運転した奴か。確か大手電気機器メーカー社長のドラ息子だったな》  「あの時、これ以上会社の風評が悪くなることを恐れた社長である奴の家族が、裁判を早く終わらせる為にすぐに金を払ったんだ。弁護士が請求したほぼ全額だ。あの被害者の中で、両親を亡くし自らもヴァイオリンの道を断たれた彼女には最も多くの賠償金が支払われた。奴の家族と保険会社から支払われた金、それに両親の生命保険や預貯金など全て合わせると、彼女の資産はざっと二億円以上だ。それプラス彼女には持ち家もある」  しーん――…としばし沈黙が流れる。  「実際、彼女は神戸の大学にいる時も、このせいでストーカー被害を受けている」  《被害者はいつまで経っても被害者のままというわけか》  肇は深く長い溜息をついた。  《わかった。じゃあ、例えばこの黒崎という奴が、彼女の資産を狙ってたとする。だったらなんでこんな詐欺に彼女を巻き込んだんだ。手取り早く結婚すりゃよかっただろ》  「そんなこと知るか。それを捜査するのがお前の仕事だろ」  奏はまだ見ぬ敵に挑むように、夜の闇を見据えた。  「いいか。誰か知らないが、必ずまた彼女を狙ってくる。特に彼女に恋人が出来たとわかったら、かなり焦るはずだ。近いうちに必ず俺か彼女に接触してくる」  それを聞いた肇はしばし考え込むように沈黙した後、徐に口を開いた。
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