第1章

3/12

762人が本棚に入れています
本棚に追加
/61ページ
 両親の死後、私は祖父母に引き取られ、高校に通いながら長いリハビリを始めた。最初の頃、左手は思うように動かずペンを握ることさえできなかった。  祖母はリハビリを終えたらまたヴァイオリンを弾けるようになるわよ、と励ましてくれた。でもリハビリが終わり1年経ってもヴァイオリンが思うように弾けない。  心にぽっかりと穴が開いたようだった。ヴァイオリンを弾いても楽しいとは思わなくなった。何度弾いても、何も感じない。心から音楽に対する全ての色が消えてしまったようだった。  結局ヴァイオリンを弾くことを諦め、音大へ行くことも、ヴァイオリニストになるという夢も全て諦めた。  自暴自棄になったりもした。あおり運転をして両親を殺した男を殺してやりたいと何度も思った。4人も殺したのに重い刑を課さなかった裁判所の判断にも憤りを感じた。寂しさから、あの時両親と一緒に死んでたらよかったと思った時もある。  そして私を助け出したあの若い男性が、両親が即死だったのを知っていたにもかかわらず、私に希望を持たせるような嘘をついた事にやり場のない憤りを感じた時期もあった。  でもそんな憎しみや悲しみも、時が少しずつ和らげてくれる。  そうしてあの事故から10年。今は何気ない日常の中に小さな幸せを見つけては、淡々と生きている。  特に大きな目標はない。ヴァイオリニストになるなどの大きな夢もない。  真面目に仕事をして、美味しい物を食べて、時々旅行に出かけて……。週末には買い物に行って、可愛い洋服やアクセサリーなど買って自己満足してみたり。ありきたりかもしれないけど、でも幸せだと思う。  仕事も順調だ。上司にも同僚にも恵まれている。お給料もそこそこいい。ちゃんと住む家だってある。  それにお金の面では両親が残してくれた貯金と保険や死亡賠償金などで、多額の貯金がある。慎ましく暮らせばおそらく一生お金に困ることもないだろう。
/61ページ

最初のコメントを投稿しよう!

762人が本棚に入れています
本棚に追加