第6章

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 「奏さん、最近ちゃんと寝てますか?」  彼の顔を覗き込みながら、最近の彼のスケジュールを思い浮かべた。  何かの集団訴訟の尋問準備などで忙しいと言っていたけど、おそらく睡眠は多くてもここ1週間は4、5時間くらいしかとっていないはず。これでは体を壊してしまう。頭痛のもう一つの原因には寝不足もあるのではないかと思ってしまう。  「わかってる。でも追い込まれた人達を支えてあげれるのは俺達しかいないから」  その揺るぎない決意を見た瞬間、思わず口元が緩む。  彼はきっとこういう人なんだろう。  私が詐欺事件で逮捕されそうになった時も、助けてくれた。誰からも見放され、信じてもらえなかった時、彼は私と肇さんの間に立ちはだかって守ってくれた。あの時の安心感は本当に言葉でいい表せない。    警察官にはならなかったけど、人を助けたいとか守りたいと思う気持ちは、幼少の頃より自然とその心の根底に植え付けられているのかもしれない。  なんだか寂しいなんて言ってた自分が恥ずかしい。こんなに大切な仕事をしている彼の力に少しでもなってあげたい。  「わかりました。でも少しでも寝れる時はちゃんと寝てください。何か私にして欲しいことありますか?」  私がそう覗き込むと、彼はゆっくりと目を開けた。綺麗な澄んだダークブラウンの瞳はまだ揺らいでいるけど、薬が効いてきたのか少し顔色がいい。  「キスして欲しい」  (もう、どうしていつもこの人は突然なの!)  そのド直球のリクエストに頬がカッと熱くなる。いきなり恋人になってくれとか、好きだとか、何もオブラートに包まずいつも直球を投げてくる。  「冗談を言えるくらい頭痛が良くなったみたいでよかったです」  火照ってる顔を見られたくなくて、ふいっと顔を背けると立ち上がった。その途端パシッと手首を捕らえられる。  「乃愛」  まだ少し青白い顔で、まるで縋るように私を見上げてくる。  (もう、こんな時にこんな事を言ってくるなんて、本当にずるいんだから……!)    弱っている彼を私が振り払うことができないとわかっていて、わざと要求してくる。
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