第6章

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 「いいじゃないですか、騙されたと思って恋人になってみたら。別に結婚して戸籍に傷がつくわけでもないんだし。それにそんな風にストレートに伝えてくるなんて、下心丸出しで近寄ってくる変な男よりよっぽどましだと思います」  「でもさ、出会って二日目にいきなり恋人になってくれだなんて、なんか変じゃない?しかもあんな強引に……。だから、その……彼が本当は何を考えてるんだろうって、よくわからなくて……」  「乃愛さん、人間なんて30年一緒にいても相手の本当の気持ちなんてわかりません。知り合って2日も30年もあまり変わらないと思いますよ」  「いや、そうかなぁ……」  私はコツコツと歩きながら彼女の意見に首を傾げる。  「別にセフレになれと言われてるわけじゃないんですよね」  「うん……それはない」  奏さんがはっきりと私の体が目当てじゃないと言い切った時のあの真っ直ぐな瞳を思い出す。それに一緒のベッドで寝てるものの、今のところ一度も触れてはこない。  「まぁ彼の言葉が信じられなければ態度や行動を見てればどうですか?そうすれば彼の真意がわかるかもしれませんよ」  「うん、それはそうなんだけど……でも……」  私がそう言い淀むと、七美さんはその場に立ち止まった。  「乃愛さん、なんだかんだ言い訳つけて、いつも一線を引いてばかりじゃ、誰の気持ちもわかりませんよ」  彼女のその言葉に、私は顔をあげた。すると七美さんはニコリと優しい笑みを浮かべた。  「誰かを愛するって楽しいことばかりじゃなくて、苦しかったり不安になったり、悲しかったりと色々ありますよね。例えば愛する人を失って深く傷ついて立ち上がれなくなってしまったり……。だったらもう二度と誰も愛さなければいいと思うんですけど、それでもまた誰かを愛してしまうんです。本当に人間っておかしな生き物ですよね」  ちょうどその時信号が青になって、歩行者が次々と横断歩道を渡り始める。
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