リフレッシュ!

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 試合の開始時刻が迫っているのか、黒ヒョウのイラストが描かれている黒いユニフォームを着ている人を見る割合が少しずつ減っている。  スタジアムの方向に吸い込まれていく人々を見ながら立っていると、いつの間にか明日からの会社生活を想像していて憂鬱な気分になってきた。せっかく、最高の気分転換になると期待して待っていたのに爽やかな黒ヒョウさんに会うことができないなんて残念すぎる。もしかしたら、会う約束を破ったと勘違いされてしまっていて、二度とネットでやり取りできなくなるのかもしれない。心の中は次第に、黒々とした絶望の色に染められていき、僕は溜息をついた。  そして、もう帰ろうと思い始めたときに背後から視線を感じた。  振り返ると一人の青年と目があった。背が高くて大人しそうな青年だ。彼の着ているTシャツを見て「あっ」と声が出た。だけど、黒のTシャツを着ているのだが、そのTシャツに黒ヒョウのイラストは描かれていない。  青年は僕の顔を凝視している。躊躇っている様子だったが、意を決したように話しかけてきた。 「あの、人違いだったら申し訳ないんですけど。……パズル坊やさんですか?」  驚いた。『パズル坊や』は僕のネット上の名前だ。ということは、この青年は爽やかな黒ヒョウさんに間違いない。 「そうです! 良かったぁ! 良かったぁ! 会えて良かったぁ!」  僕は喜びのあまり絶叫した。 「会えて嬉しいです」  爽やかな黒ヒョウさんは、その名の通り爽やかな笑顔を見せる。 「すみません。実は、スマホの充電が切れちゃいまして。それに、ちょっとした事情があって金が残り3円しかない状況なんです」 「はっはっはっ、パズル坊やさんはゲーム内だけじゃなくて、現実世界でも色々とやらかしているんですね」 「えー? ゲーム内で僕がいつ、やらかしましたか?」 「いつも大事な場面でヘマをするじゃないですか」 「いやいや、ヘマしてないですって」 「こらこら、坊やさん。潔く認めて下さい」  僕らは違和感なく、緊張感もなく、楽しい雰囲気で会話をスタートさせた。  途中、「あ! ところで──」と僕は話を遮った。どうしても気になることがある。 「何? 急に真面目な顔になって」 「なぜ、僕のことがわかったんですか?」 「そりゃあ、そういう格好して待ってますって言ってたから」    爽やかな黒ヒョウさんは、人差し指で僕の頭からつま先までを上下になぞった。その指の動きは、僕の全身黒ずくめのファッションスタイルをイジっているように感じた。でも、嫌悪感は抱かなかった。むしろ、僕は感心していた。 「嗅覚、凄いっすね。さすが、名前に『黒ヒョウ』が付いているだけのことはありますよ。だって、この服装目立たなくないですか?」  確かに、お気に入りの黒ずくめのファッションで待っていると約束したものの、僕のファッション感では黒=限りなく目立たないであり、すぐに発見されてしまったことは意外だった。 「いやいや、逆に目立つよ。黒のスーツに黒いシャツ、それに黒のカウボーイハットに大きめの黒縁メガネ、おまけに黒いスニーカーっていう格好は…なかなかのファッションセンスだ」  なかなかのファッションセンスとは? 褒めているのか? けなしているのか? ファッションには疎いし関心がないから、どちらでも構わない。ここで僕は話題を変更して、爽やかな黒ヒョウさんの服装を指摘した。 「黒ヒョウさん、約束していた格好と違うじゃないですか。黒ヒョウのイラストが描かれている黒いTシャツを着てくるって言っていましたけど、そのTシャツに黒ヒョウのイラストは描かれてないですよね?」  そう言ってやった。すると、爽やかな黒ヒョウさんは不思議そうな顔をして「いや、ここに描いてあるけど…」と右胸を指差した。 「いや、ないです」 「いや、あります」  あまりにも自信満々に言うものだから、爽やかな黒ヒョウさんの汗の匂いを感じることができるくらい近くに寄って、確かめてみる。 「あ、いる! とても小さくて可愛い!」  舌を出して笑っている黒ヒョウのイラストが、本当にあった。でも1円玉サイズのイラストだから、とても発見しづらい。 「でしょ? まあ、お互いの服装の話は、もういいんじゃない? とりあえず飯を食いに行こう。旨い定食屋があるんだ」 「そうですね。かなり腹が減りました。あ、でも僕は3円しか持っていない。……ああ、どうしよう」  どれだけ激安の店を探したとしても、3円で食事ができる飲食店など存在するわけがない。  そこで爽やかな黒ヒョウさんが「3円、か。大丈夫だよ。腹いっぱい食えるよ」と爽やかに笑った。 「さすがに無理でしょう」 「大丈夫です。坊やさん、定食屋はここから歩いて5分くらいの場所にあります。行きましょう」  僕は、無言のまま考え込んでいる様子の爽やかな黒ヒョウさんの後をついて行った。そして、飲食店が並ぶ通りに出ると、『食堂パズル』という看板がある店に到着した。レンガ造りの洒落た外装の店で、周囲の店と比較して高級感がある。「ここです。どうぞ」と爽やかな黒ヒョウさんが店内に入る。僕もドキドキしながら入った。  
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