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サブリナは新しい友達ができた。初めは窓から入ってきたスズメだった。
パンくずをあげると、喜んでつついた。
スズメはサブリナに懐いたようで、撫でる事ができた。初めて自分以外の温度に触れてサブリナは嬉しくて涙がこぼれた。
「私が話しをすると、ちゃんとそれを聞いているように頷くのよ。凄く可愛いの。試しに小枝を取って来てっていったらちゃんと持ってきたの。凄くない?」
「サブリナは動物と話せる魔力があるんじゃないか?石鹸を持って来てって言ってみなよ。他にも欲しい物を伝えたらいいんじゃないか?俺が書いてやる。紙とペンだろ。鏡に櫛だろ。フォークとスプーン」
「ふふふ。スズメよ?窓から入ってくるのよ。あんな小さな体でそんなに大きな物なんて運べないわ」
私はロイにスズメのことを話すのが楽しかった。
初めて自分にできた、手で実際に触れられる友達だった。
「サブリナの部屋には使用人は入って来ないんだよな?例えば、物が増えてしまって気が付かれるって事はないよな?」
「大丈夫よ。十年間一度も誰も入って来た事がないわ。病気になった時だって誰もこなかった」
でも大丈夫だ。今はスズメが来てくれる。
サブリナはまた、ふふふっ、と笑った。
スズメが来た後、今度はツバメがやってきた。
「まるで小鳥がバトンリレーするみたいね。貴方たちは交代制なの?」
鳥に話しかける。
ツバメはクルクルと首をひねって、くりんとした目で可愛らしく私を見つめた。
私は試しに、ツバメに石鹸と櫛を盛って来てと頼んでみた。
ツバメは窓から飛び立って行き、ものの数分で望みの物を持ってきた。
私は驚いて石鹸を受け取った。その白く小さな塊を抱きしめるように手で包み、おもいきり匂いを嗅いだ。
それは今までに嗅いだことのない、とても優しい香りがした。
しばらくすると、またツバメは石鹸を持ってきた。
そして飛び立つと、また石鹸を持ってくる。
小さな石鹸の山ができた。
「ありがとうツバメさん。こんなに幸せだと思った事はないわ。これで顔を洗ったり体を洗ったりできるわね」
ツバメはまた飛び立つと、今度は鏡を持ってきた。それから肌用の保湿クリームや高級そうな化粧品まで持ってきた。
どこかのバスルームにある物を片っ端から持ってきているようだった。
「……あなた……これって、どこから持ってきているの?盗んできているのよね?」
もしかしたら、誰かがこれがないせいで怒られたりしているかもしれない。
それでも、何十年かぶりに手に取った手鏡は、つるつるしていて、どんな宝石よりも美しかった。
私は持って来てもらった鏡を見て、そこから外の景色を覗いてみた。
今までは水面にしか映っていなかった景色が、鏡越しだともっとはっきり綺麗に見えた。
ツバメが飛んで行くとそれを追うように鏡を見て、どこで手に入れるのか確認しようとした。
けれどツバメをすぐに見失ってしまった。
「駄目だわ凄いスピードで飛ぶから、すぐに見失ってしまったわ」
夜になり、ロイにそのことを報告する。
「鳥は飛び立ってしまったら、後を追う事なんてできないよ。鏡だって高級そうな鏡だったら、きっと金持ちから盗んだんだろうから、あまり気にすることないと思う」
ロイはそう言うと、心配し過ぎだと笑った。
「あのね、ツバメが鏡を持って来てくれたでしょう?だから、今までよりずっとロイの顔がはっきり見えるの」
「今?ああ。そうか……恥ずかしいな」
少し照れたように言うロイが可笑しかった。
子供の時よりずっと大人になったロイは、凄くかっこ良かった。
学園で貴族たちと共に過ごす時間が増えたせいで、彼は紳士的なふるまいをするようになった。レディーファーストだって心掛けている。
ロイが令嬢たちから、熱い視線を浴びている事を私は知っていた。
「ごめんなさい。私の話ばかりしてしまって。今日は学園で何か面白い事はなかった?今の時期は学園では社交界にデビューする令嬢たちで話はもちきりになる頃じゃない?」
「そんなの興味ないよ。俺は貴族じゃないし、関係ない」
「……そうね」
そうは言ったけれど、ロイは令嬢たちからダンスの練習に付き合ってくれと誘いを受けていた。踊れないと断ってはいたけど、きっとロイはダンスが上手だろう。
貴族でないけど、魔力を持つ者の多くは授爵される。
ロイもいつか貴族になる日が来るかもしれない。
夜会や舞踏会へ行って、いつかロイも令嬢たちとダンスを踊るんだろう。
私は少し寂しい気持ちになった。
今までは、ロイが授業を受けている時間に、私は盗みの計画を立てていた。
そうして過ごしていたのに、鳥たちのおかげで物が増え、他にする事ができた。あっという間に時間が過ぎていく。
一日がもっと長ければいいのにと願わずにはいられなかった。
ツバメは次に鷹にバトンタッチをした。
鷹はとても見た目が恐ろしく、流石に近づく事ができなかった。けれど鷹は重い物を運んできてくれた。
ワンピースを運んできてくれた時には飛び上がって喜んでしまった。
そして、食べ物も沢山運んできた。そこにはショコラも入っていた。
私はショコラを口に入れて、初めてロイにあった日の事を思い出していた。
ある日、鷹は大きな袋を咥えて飛んできた。
中に入っていたのは、鉤爪の付いた縄梯子だった。
始めは何に使うのか分からなかった。
鷹が、鉤の部分を咥えて窓まで飛んで行き、窓の枠に引っ掛けた時に、それは梯子だという事が分かった。
私は急いでその梯子を使って窓まで上がって行った。
高すぎて手が届かなかった窓、何年も空だけを見続けた窓から見えたもの。
それは初めて自分の目で見る王宮の庭園だった。
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