舞踏会

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私はロイと約束をした。 今回ネックレスを取り返したら、当分は泥棒はしないと。 私は今まで盗んで得たお金で、ロイに鉄道株を買うように言っていた。 鉄道は国有鉄道だ。けれど政府は株の一部を売りに出すという。 貴族たちだけに特別に販売し、平民はたとえお金があっても、買えない仕組みになっていた。 購入すれば株券が手に入る。株券を持ってさえいれば、それが誰であれ、持っている者に配当金が支払われる。 勿論株価が値上がり売ることになっても、株券を売ればそれで売買は成立する。 ロイは屋敷に引きこもっている高齢の伯爵に変身した。そして鉄道株を購入した。 気付かれた場合を想定し、王都から離れた領地に住む子爵や、有名ではない男爵に扮しても株を買った。 金がこんな紙切れになるなんてとロイは文句を言っていた。 鉄道は来年春に開通する。そして今、買った株の値段は倍に上がっている。 来年には三倍くらいになるかもしれない。 当面、ロイたちはお金に困らないだろう。 今夜は舞踏会。 怪盗ベルベットが、王妃の涙を盗む日だ。 絶対に王妃からネックレスを取り返してみせる。 私はグッと握った手に力を込めた。 ◇ 作戦は決行された。 ロイは初めての宮殿だというのに堂々と、緊張せずに周りに溶け込んでいた。 私との連絡用に小さな鏡をポケットに忍ばせていた。 鏡に手を触れると私の声が聞こえる。 確認するためロイに話しかける。 「思ったより招待客が多いわね。声はちゃんと聞こえているかしら?」 ロイはゆっくり会場内を見渡しながら頷いた。 彼は宮殿の地図を頭の中に完璧に入れている。 けれど会場は広い。細部まで覚えるのは無理だろう。 今日は庭園も開放されている。多くの貴族たちの他に、舞踏会で給仕をする者や演奏家、付き添いの従者、様々な人たちが会場内に入り、皆それぞれ好きな場所で談笑していた。 王妃の首にはサファイアのネックレスが光り輝いている。 舞踏会が始まり、その直後ロイは学園の友人に声をかけられた。 特待生だから特別ロイが有名だという事はない。 ロイは見目が良かった。 まだ十代の青年の彼は誰が見ても爽やかだった。 学友の令嬢たちが恥ずかしそうにロイの元へ歩み寄ってきた。 ダンスを踊ってもらえないかと言われている。 思った以上に声をかけられてロイは苦笑いしている。 喉が渇いたと飲み物を取りに行く振りをして会場を出た。途中で柱に隠れて彼は別人に変身した。 どこにでもいそうな中年の紳士になった。 この変身は予定になかったが、誰でもない貴族になるのは良いアイデァだった。 ダンスも始まり、お酒を口にした者たちが緊張を解いたところでロイは動いた。 その姿のままロイは機会を窺い、計画通りフィリップに化けて王妃のワインに薬を入れた。そこまでは上手くいっていた。 けれど、ネックレスを受け取る時に、成り代わろうと思っていた王妃の侍女がずっと王妃の傍にいた。 ロイが新たな侍女に変身したとしても、馴染みのない侍女にネックレスを預けはしないだろう。ロイは咄嗟に王妃の娘、キャサリン王女に化けた。 会場にキャサリンはいた。 同じ人物が会場内に二人になった。 私は驚いて鏡を握りしめ状況を見守った。背中に冷たい汗が流れる。 王妃の周りは何が起こったのかと人だかりができている。キャサリン王女に注目する人はいない。 本物のキャサリンは会場でどこかの令息とダンスを踊っている。 ロイは受け取ったネックレスを騒ぎに乗じてドレスの腰のドレープ部分に隠す。そしてそのまま後ろのカーテンの陰に身を潜めると姿を消した。 誰かに変身した。 私はロイを追えなかった。 誰に変身したのかが分からない。 キャサリンではない。フィリップでも、侍女でもない。 「誰になったの……」 鏡に向かい声をかけるが返答はない。おかしな動きをしている者も見当たらない。 ロイ誰に変身しているの…… 急に心臓がバクバクと音を立てる。私は不安による緊張で震えだした。不測の事態に頭が混乱する。 王妃は赤くなった首元を掻きむしりながらイライラと侍女に何かを言っている。そして側近達と共に会場から退席した。 国王はその様子を見ているが、特に心配している訳ではなさそうだ。 傍にいた大臣たちに、大した事はないから気にするなと告げている。 王妃が退席しても変わらず舞踏会は続けられた。 そして『王妃の涙』がその場から無くなった事に誰も気が付かなかった。 私は会場中を見回した。 どこにロイがいるのか捜さなければならない。 焦りが苛立ちに変わる。 会場の出口付近に見知った顔があった。 ふとその男性が目に留まる。 カイン=オドネル。 新聞記者だった。 彼は今日の舞踏会に参加していたのか…… 他の招待客に注意していなかった。 彼は鋭い目を光らせて、先程から会場の上段を見つめていた。 王妃の発疹騒ぎに注目していたようだ。 どうしよう……キャサリン王女がネックレスを預かったのを見ていただろうか。 オドネルはポケットからメモ帳を取り出して、何やら書きつけている。 そして王妃が退席した後を追い、ドアから出ようとしたところを警備の騎士に止められていた。 オドネルが何をメモしていたのか見たい。 もう一度彼がメモ帳を出すのを待つ。 会場の端まで歩き、壁を背に彼はまたメモを出した。 『王妃、発疹、退席、国王、冷ややかな目、ダンス続く』 そう書かれていた。そして時計を見ると時間を書いた。 オドネルは王妃のネックレスには注目していなかった。 キャサリン王女の事も気が付いていない。 私はほっと胸をなでおろした。
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