舞踏会

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「サブリナ!」 聞こえる…… 鏡の中からではない。 舞踏会会場から中庭、温室、厨房に至るまであらゆる場所を捜したけれどロイは見つからなかった。 ロイが変身していたら、彼から話しかけられない限り、彼の居場所は分からない。 「サブリナ!」 声は確かに聞こえる。 そう。 塔の外から。 私は鷹が持ってきた、縄梯子の金具の部分を掴んだ。 グルグル回して遠心力で窓枠に引っ掛ける。 急いで縄梯子を登り、窓枠から身を乗り出した。長い髪が窓の外から塔の外壁に垂れた。 「ロイ!」 下にはロイがいる。 舞踏会用の服を着て、背も高くなり大人になったロイが、私の方をじっと見ている。 ロイ…… 塔の高さは十五メートルほどある。確かに彼はそこに居るのに、手が届かない。 私たちはお互い見つめ合った。 初めて直接顔を見、目を合わせて言葉を交わす。 「ロイ!無事だったのね……」 安堵の涙が頬を伝った。 良かった。ロイは無事だった。 遠くに見える宮殿の中ではまだ舞踏会が続いている。 庭園を抜け、王宮の林の奥にこの塔はある。 宮殿から離れているとはいえ、城の城壁の中だ。巡回警備の者もいるし、夜間は犬も放たれる。 夜とはいえ今日は晴れていた。真上にある月が、青白い光を落として、夢のように辺りの風景を包む。 そしてその光はまっすぐロイの姿も照らしていた。 「ロイ……」 「サブリナ。やっと会えた」 遠かった。 やっと直接言葉が交わせたのに、私たちの間には手が届かない高さという距離があった。 私は手を伸ばす。 「ロイ。無事だったのね」 ロイは頷いた。そして私に向かって両手を広げると。 「サブリナ、そこから飛び降りられるか?縄梯子を外側に向けて垂らして途中まで降りてこい」 飛べ? 「俺が絶対に受け止める。飛び降りろ」 「む、無理よ……」 高すぎる。 その時、林の奥から犬の鳴き声が聞こえた。それは一匹ではなかった。 ロイは後ろを振り返った。 人の気配はない。けれど犬の鳴き声は次第に近づいて来ている。 「ロイ!危ないわ!逃げて」 私はロイに向かって叫んだ。 危険だ。不審な者を発見したら、犬は噛みつく。王宮の犬は、敵を逃がさないように訓練されている。 「サブリナ!これを、これを受け取って!」 ロイは布にくるんだこぶし大の塊を、おもいっきり私のいる窓に向かって投げた。 私はそれを確かに受け取る。 「サブリナ!中に入れ。見つかっては駄目だ」 犬の鳴き声は近づいてきている。もう近くにいるだろう。 「連絡して!必ず!」 私はそう言うと頭を窓の下に引っ込めるようにして梯子を降りた。 お願い。ロイ逃げきって。 窓から射しこむ月光が、私のブルブル震える裸の足にあたり、冷たい明かりを灯した。 ◇ 「心配してると思ったから……」 「ええ。無事でよかったわ」 私は今まで泣いていた事を悟られないように、声をしっかり出すことを意識して返事をした。 「サブリナの閉じ込められている塔が、どの辺にあるか図書館の地図で調べたんだ。王宮へ入れる機会はあまりないし、会いに行こうと思ってた」 ロイは初めから私に会うつもりだったんだ。 城の地図はあまり詳細な情報は書かない物だ。攻められる危険を回避するためだ。きっと調べるのも大変だっただろう。 「けれど、もう当分危険な事はなしにしましょう」 「ああ。大丈夫だ。俺は逃げるの得意だって言っただろう?何ともないよ、無事だった」 「ええ。そうね……良かったわ」 ロイは犬に追われたのにもかかわらず、怪我もなく、もう帰宅していた。 彼から連絡がくるまで私は生きた心地がしなかった。 先程、ロイが投げてよこしたのは『王妃の涙』だった。 キャサリン王女から奪った後、すぐに私のいる塔に向かったらしい。 誰かに見つかれば身体検査されて、もしかしたらネックレスを盗んだことがバレていたかもしれない。 「本当にもう……心臓がいくつあっても足りない。大人しくしていましょう。今日会場に新聞記者もいたの。記者は鼻が利くって言うでしょう。用心に越したことはないわ」 「ああ……わかった」 私は鏡に向かって頷いた。 「サブリナ、今日できれば君を連れ出そうと思っていたんだ」 そんなに簡単には出られない。 「ロイ。無茶は駄目よ。私は十二年近くここから出られないか考えていた。けど無理だったわ」 「塔の扉には、鉄格子があって、中にはまたドアがあった。外側には鎖と錠前。鍵がかかっていた」 「ええ……知っているわ」 「今度はちゃんと準備をして迎えに行くから。もう少しだけ我慢して」 私は息苦しいほど胸がいっぱいになり、言葉にならない返事をした。 ロイが……迎えに来る。
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