脱出

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脱出

翌日の朝刊には『王妃が蕁麻疹、舞踏会を退席』という記事が出ていた。 けれど『王妃の涙』については何も触れられていなかった。 何故だろう。盗まれたことが載っていない。 ネックレスは確かにここにあるのに。 私は不思議に思い、王宮の中を覗いてみた。 「いったいどういう事なんだ!何故、いつだ!」 王は怒りのあまりテーブルをドンッと叩いた。 「警備は何をしていた!」 国王が声を荒げてはならない。 大臣や城の警備責任者、王宮騎士たちも驚いている。 「王妃は何故ネックレスを外したんだ。こんなに沢山招待客がいる場で、いくら首が痒くなったからといって『王妃の涙を』会場で外すなど……」 今まで博物館の展示品が盗まれても不快な表情はすれど、ここまで激昂した事はなかった。 「申し訳ありません陛下。私、金属アレルギーがあったらしく……」 王は熱さと恥とで顔が真っ赤になっていく。そして怒りが全身に満ちるように、わなわなと震えだした。手には見覚えのあるカードが握られていた。 これは怪盗ベルベットが残したカードだろう。 あの短時間の間に、ロイはちゃんとカードを置いてきた。 私はカードの内容を読んだ。 『王妃の涙は頂いた。間抜けな王宮の皆さん、次は美しい王女を盗みにいく。楽しみに待っていてくれ ~怪盗ベルベット~』 犯行声明だ。 ◇ 「なんてことを書いたの!これで城の警備は厳戒態勢が敷かれたわ。もう貴方が私を迎えに来るなんてできない」 私はかなり怒っていた。 ロイは考えなしだ。 臨機応変といえば聞こえはいいけど、行き当たりばったりに動き、危険を顧みない。 「まぁ、公になってないって事は、今回のネックレス盗難事件は、極秘事項として扱われたって事だな」 「何をのんきな……」 これ以上文句を言われるのが嫌だったのか「ちょっと失礼」と言って、ロイは化粧室へ入ってしまった。 「ロイ……逃げたわね……」 私は呆れてため息をついた。 私は昨夜ロイが持ってきた『王妃の涙』を手に取った。 それは神々しい光を放つ。キラキラと輝き、高貴で美しく生前のベルベットそのもののような宝石だった。 王妃の涙という名は、王妃が流す涙のように綺麗な水色という意味だ。 彼女は国民に優しさと知性の両輪を備えた、洗練された王妃だと思われている。 本当の彼女は、相手を平気で陥れ、人を苦しめることを楽しみ、自分の利益のために嘘をついたり人を利用したりする。 悪魔のような女だ。 その時、頭の上でバサッと音がした。 窓を見上げると、窓枠にスズメが来ている。 「あら、こんにちわ」 私は笑顔であいさつした。 このスズメは、初めてできた私の友達だった。 スズメは私の側にやって来るとちょこんと首をかしげる。 「待っていて、昨日のパンがあるの。持ってくるわね」 私は立ち上がって、ハンカチに包んでおいたパンを取りに行く。 そして振り向くと…… 「ロイ!」 いつの間にかそこにロイが立っていた。 私は彼の元に駆け寄った。 彼は両手を広げて私を抱きしめる。 「サブリナ……黙っててごめん」 私は彼の首元に縋りつくように腕を回し顔をうずめた。 「ちょ……ちょっと待って。サブリナ、ちょっと、距離が近すぎる。顔が見えない」 真っ赤になったロイは少し強引に私との距離を取る。 十二年間、誰とも接触していなかったせいで、私は幼子のような行動に出てしまった。 急に我に返って、私も恥ずかしさで頬が赤らんだ。 ◇ ロイはずっと、一年近く鳥として私の元にやって来ていた。 彼の変身は、人間にだけ化けられるものではなかった。 「凄いわ……」 「怒ってない?」 「怒っているわ。私を騙していたんだもの。けれど、それより嬉しいわ。ロイに会えて本当に嬉しいの」 ロイは照れたように頬を赤らめたが、見られたくないのかすぐにそっぽを向いた。 「君は、あまり外に出ようという気がなかった。もう、諦めてしまったかのような事を言っていた。自分の事を汚いなんて言って。聞いていた俺は、結構つらかった」 「そう……よね。ごめんなさい」 鏡の中に映る令嬢たちは皆、美しくドレスで着飾り、お化粧をしていた。メイドに湯浴みをさせてもらい、いつもキラキラと輝いていた。 自分に自信が持てなかった。 自分は日にも当たらず、色白で体も水でしか洗う事ができなかった。 取り替えていたとはいえ、同じ服を着ていた。 不潔で汚らしく、みすぼらしかった。 誰にも会えず、誰とも話をしなかったせいで、外の世界に恐怖を感じた。 「君は、綺麗だよ。とても美しい。何度も抱きしめたいと思った。そこら辺の令嬢なんか足元にも及ばないくらい、自然体で清らかだった」 鏡が手に入った時に、私は自分の顔を見て母に似ていると思った。 髪の色は違うけれど、瞳の色は母と同じ紫だ。 母は美しい人だった。 「ありがとう。これは、小鳥が持ってきてくれた石鹸や化粧クリームのおかげだわ。洋服もとても素敵な物をもらったわ」 全部ロイのおかげだ。 お世辞かもしれないけれど、ロイに綺麗だと言われて嬉しかった。 十三歳。あのショコラ店の出来事がなければ、私は今も一人だった。 感極まり肩が小刻みに震える。 もう……後ろは振り返らないわ。 私たちは話すことが沢山あった。 今までお互い思っていても言えなかった全ての事を語り合った。 時間が経つのも忘れるくらい、言葉が次々と溢れてくる。 「サブリナ。君を連れ出す方法を考えなくてはならない」 「ええ。そうね……」 この部屋の扉は開けられていない。 五歳の時に閉じ込められてから十二年だ。 私は十七歳になっていた。 「ロイ。私、ここから出られたら、欲しい物があるの」 「何?何でも言って」 「外を歩くための靴がないのよ」 ロイはサブリナの足元を見て頷いた。 「そうだな。外に出たら一番最初に君の靴を買いに行こう」 「ええ」 二人は顔を見合わせて笑い合った。
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