呪いの力

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何もせずにずっとベッドで寝ている。 毎朝、ドアの下に水が入ったバケツが一つ置かれる。 それで顔を洗ったり体を拭いたり掃除をしたりしていた。 それ以外何もする事がなかった。 一年ほど経った時、バケツの水面に何かが映るのが見えた。 自分の汚い顔かと思って覗き込む、しかしそれは違った。 水面に外の景色が映っていた。 私はバケツの水面から、外の世界を見る事ができたのだ。 水をぐるっと指でかき混ぜると別の景色になった。 それからは毎日、外の世界を見た。それはとても面白く興味深かった。 同じ年齢の子供たちが、どうやって過ごしているかをそこから学んだ。 お気に入りのお母様もできた。 お兄様もお友達も、すべて水面に映る世界から見つけ出した。 水の中の世界からは、振動で音を拾う事ができ、目で見る事ができる。 けれど手に取る事はできないし、匂いも嗅げない。温度は分からないし、味も勿論分からなかった。 七歳になる頃には学校へ行く事ができた。水面の世界で勝手に授業に参加して、文字や新しい言葉を覚えた。 劇場で歌劇を観たり、海を泳ぐ姿をみたり、乗馬や狩りをしている人を見たりしていろんな知識を蓄えた。 一年経つ頃には、八歳で十三歳の授業を理解した。 実際に通っていたのなら私はきっと優等生だっただろう。 外に出たいとは思わなかった。なぜなら私は汚れていたからだ。 水面の世界の人々のように石鹸を使った事もなければ、髪を梳かしたこともなかった。 年頃になると子供たちは皆、王都学園に入学するようだった。 そこには魔法科があった。 私は呪いの力があると言われている事から、何らかの魔法が使えると思っている。 数ある学科の中から魔法科の授業を受ける事にした。 魔法を使う事ができれば、石鹸を作り出す事ができるかもしれない。 そう思った。 その時私は十歳だった。 ◇ 十三歳になる頃には、自分に呪いの力なんてない事が分かってきた。 けれど、それをどうやって父である王に伝えるか、その方法が分からなかった。 食事を運んでくる下働きの者は皆、私と口をきかない。手紙を書こうにも紙もペンもない。 それに多分、父親は私の事など忘れているだろう。 王宮の中の王様や王妃や王女たちの事をずっと観察しているが、彼らが私の話をしたことなど一度もなかった。 そうしているうちに、現在の情景だけを映し出す事ができると思っていた水面が、過去の出来事を投影できることに気が付いた。 自分が愛されていたはずの五歳の時の情景を何度も見返した。 母がいて父がいた。間違いなく私は幸せだった。 呪いの力があると言われ幽閉された五歳の時は分かっていなかったけれど、今なら分かる。私は嵌められたのだ。 犯人は国王の第一夫人である王妃だった。 王から寵愛を受けていた私の母に嫉妬し、彼女は母を毒殺した。 そして、それを私の呪いのせいだとしたのだ。 王はそれを信じた。 王妃は王に何も言わなかった。 その代わり、王の信頼を受けていた魔術師を使った。 その魔術師に、側妃が死んだのはサブリナの呪いのせいだと進言させた。 五歳の私がなぜ自分の母親を呪い殺すのだろう。 少し考えれば分かる事だろう。そう思ったけど、当時父は憔悴しきっていたようで、正常に物事が考えられない状態だった。 王妃はかなりずる賢かった。表向きは国母として慈愛に満ちた風を装っている。それはまるで女優のように完璧だ。 王に愛される側妃たちを自ら可愛がり、自分はあわれみ深く優しい王妃であると思わせている。 そんな王妃に皆はうまい具合に騙されている。 私に本当の呪いの力があるのなら、今頃王妃は死んでいるだろう。 できないんだから、そんな大きな力は無いということだ。 相変わらずこの塔の最上階で、空しか見えない窓を見ている。 私はこの部屋から、いつか外の世界に出ることができるのだろうか。
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