2.Life's a Gas

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2.Life's a Gas

金町駅の北口には小さなロータリーがあって、時々だらだら演説をする人がいたりするけど、その日は女の子がギターを抱えて弾き語りをしていた。改札口を出る前から不思議によく響く歌声が聞こえていた。倍音成分が多いのかなと思いながら彼女の方へ行く。目が合う。ちょっと驚いている。歌が二重に聞こえたのに気づいてぼくも驚いた。とりあえず歌が終わるまで待つ。 「心を開いて 想いを届けて」などとありきたりのような、現状から言うと皮肉のようなことを歌っているけど、メロディーと内語の歌詞はT.Rexの"Life's a Gas"だった。「人生はガス、だってガスなんだから」と歌っている。 駅前の雑踏で彼女の歌を聴く人はおらず、足早に立ち去っていく。 ーー気持ち悪いんだろうなぁ。 うっかりそう思ったら彼女に睨まれた。 ーーやっぱりそうなの? 大きな内語で言ってくる。 ーーいや、悪い意味じゃない。いつだって違和感と個性は背中合わせ。 ーーうまいこと言うね。大人なんだ。 ギターをケースにしまいながら彼女が言った。 ーーあそこのマックで。 ーーあっちのマックで。 同じようなことを同時に内語で言った。 ーーおカネないんだけど。 ーーだいじょうぶ。おごるよ。 ビッグマックセットとダブルチーズバーガーとチキンナゲットとサイズアップしたコーラを彼女は頼んだ。 ーータダだからって、よく食うなぁ。 ちらっとこっちを見たが、何も言わない。人が多いからだろうか。ぼくはフィレオフィッシュとミニッツメイドのセットにした。 二階に上がって行くと、ざわっという感じでお客たちが緊張したのがわかる。彼女が強力な『内語スピーカー』だからだろう。窓際の席に向かい合って座る。 最近になって知られて来たことだけど、内語能力は他の能力と同じように個人差が著しい。おおざっぱに言うと内語を伝える能力と内語を聴き取る能力に分けられる。伝える能力が10段階の7、聴き取る能力が2とするとその人は『内語スピーカー』と呼ばれる。逆に伝えるが3で、聴き取る能力が8ならその人は『内語リスナー』というわけだ。両方バランス良く持っている人もいないことはないが、稀だ。どちらの能力ともほとんどない人も少なくない。若い人は優れている割合が高く、高齢者は低いと言われている。男女差は少ないらしい。 ただし、そうした内語能力を測定する方法はまだ十分には確立されていないのが現状だ。しかし、彼女くらいの(たぶん10段階の12以上)内語スピーカーになると誰の耳にも明らかだ。比喩的に言うと『声がでかすぎてうるさい』ということだ。いきなり脛を蹴られた。 ーー痛いです。 ーー何がうるさいよ。 ーー説明してあげてたんだけど。 ーーあたしは聴く方はあまり得意じゃない、根っからのシンガーなの。声に出してしゃべって。 「へいへい。名前訊いていい? ぼくはとばのえ」 ーーとば? ーー騰波ノ江って書くんだけど。 内語だと音声だけじゃなく、漢字とか簡単なイメージも伝えられる。 ーーあたしはれいか、砅花って書くの。 「お互い無駄に難解だね」 おじさんが一人でしゃべって、黙ってJKがポテトをつまんでる図ってまずくないかと思って見回したら、誰もいなくなっていた。 ーー逃げちゃったのは、とばさんのせいでもあるんだよ。脅すつもりがなくてもすずめは逃げるでしょ。 「ぼくは聴く方が専門なんだけど」 ーーみたいね。でも、ふつうの人は聴かれてるだけでも怖いんだよ。身体がすーすーするような。 「れいかさんは平気なんだね」 紙くずと化したビッグマックとダブルチーズバーガーに目を遣りながら言う。 ーーさん付けはやめようよ。 「まずい。涙出そう」 ーーどうしたの? ーーJKと呼び捨てで会話できる日が来るとは。 「キモいって!」 できるだけこっそり言ったつもりなのにまた蹴られた。 「なんでT.Rexなんて古い曲を歌ってたの?」 ーーT.Rex? 「”Life's a Gas”はT.Rexの曲だよ」 ーーふーん、あの猫みたいな声の人? 「あはは、あれはボーカルのマークボラン」 ーーそうなんだ。なんでだろ、YouTubeのおすすめに出て来たんだ。家族とか友だちとかがすうっと消えちゃった気分にぴったりで。 「能力が高いのもいろいろ大変なんだね」 ーー怖がられて、避けられるのはしょうがないよ。部屋から出るなって言われるのもね。でも、この人たちって、そんなに知られたらまずいこと考えてるのかって思うと凹むね。 内語スピーカーと内語リスナーで相性はいいはずだが、お互い能力が強力なせいか疲れてしまった。初対面の女の子に知られたくないことも多い。 「ごめん。今日はこれくらいにしていい?」 「いいよ。楽しかった。また逢おうね」 「はい」 最後はれいかも声に出して挨拶を交わし、LINEを交換してそそくさと別れた。
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