3.人は聴きたいものを聴く

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3.人は聴きたいものを聴く

「本日は現在大きな問題となっている『内語溢れ』について、常総大学の宗道教授にお話を伺います。先生はコミュニケーション論の観点からこの現象について研究されています。本日は諸般の事情によりリモートでのインタビューとなっています、ご理解ください。先生、よろしくお願いします」 「よろしくお願いします」 「まず先生については、先日の関係閣僚会議の専門部会での発言をご存知の方も多いかと思います。その真意をお聞かせ願えますか?」 「そうした質問はよくいただくのですが、平たく言えば『何もわからなくて困った事態ですね』ということを比喩などを使って述べただけなんです」 「そうなんですか。でも、戦国時代の核兵器だとか、神への呼びかけとか、先生を予言者のように見る意見もネットなどにはあるようです」 「軽率な発言を後悔しています。反動が怖いですね」 「あの、出席者の中には先生が内語で歌を歌っていたとか言う人もいます。"Imagine"とか"Have You Seen the Rain?"とか、どんな歌かは一定していないんですが」 「ますます困ったものです。その辺の歌は正直言って好きではありませんし」 「人は聴きたいものを聴くと言いますからね」 「では、この現象の原因と言いますか、理由について先生はどのように考えておられますか?」 「わたしはわからないことをわかっているふりはしないと言うか、特定の前提を持たないことにしています。例えば疫病と同様にウイルスが原因ではないかと終末論と絡めて論じる専門家がいます。わたしはウイルス学者ではないのであまり立ち入ったコメントはできないんですが、天然痘や狂犬病やインフルエンザといったウイルス性疾患の病像や振る舞いと全く異なっています」 「確かにそうかもしれません。あの疫病について科学者と為政者の行ったことの反省に立つことが必要なのに、二番煎じというか柳の下のドジョウを狙うような人が少なくないと思います」 「おっしゃるとおりです。人類が進化したのだと楽観的に語る人もいます。これまたわたしは進化生物学者ではないのですが、いっぺんに多くの人が『内語溢れ』を獲得したという事実は、進化論の突然変異と自然選択に合っていないように思います」 「今回の事態は突然変異ではないんですか?」 「違いますね。ニワトリとタマゴで言うと突然変異はタマゴ、遺伝子の話ですが、今回の事態は生体つまりニワトリで起こっています」 「なるほど。コンピュータにおけるバグのようなものだとする人もいますが」 「人の脳はコンピュータとは違います。車輪が人の足の動きを模倣したものでないのと同様です」 「でも、コンピュータのプログラムは言語のようなもので書かれているのではないですか?」 「そうですね。だから違うのです。人は自分の使っている道具の一つでコンピューターを動かすようにしました。でも、我々の脳が言語、つまりプログラムだけで動いているのではないことが今回の事態ではっきりしたと、わたしは考えています」 「脳は言語だけで動いているわけではない。先生のご専門のコミュニケーション論と関係がありそうですね」 「ええ、わたしの専門分野がお役に立てることがあるように思います」 「どういったアプローチがあるんでしょうか」 「例えばまだ言葉がしゃべれない赤ちゃんを抱いていると、赤ちゃんも親も癒されます。そうした状態と恋人同士が黙って、でも『内語溢れ』の状態で抱き合う状態を比較することです」 「良くないことを溢れさせてしまって仲が悪くなったりしないんですか?」 「本心を晒し合って、傷ついて、その先にわかり合うということもあるでしょう。死屍累々の果てですが」 「ため息が出てしまいます」 「この事態がある日突然終わることはないのでしょうか? 『内語溢れ』が始まった時と同じように」 「原因がわからないのですから、そうしたことがあり得ないとは言えないですね。下手な小説やマンガのオチの付け方のようですが」
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