4.Sound of Silence

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4.Sound of Silence

れいかとはマックの他、ファミレスやカフェで会って世間話をしていたが、周りの客がいつの間にかいなくなってしまう事態が相次いだ。ならばとカラオケに行ったら壁の向こうでにぎやかにやっていた高校生のグループがしんとなって、退室してしまった。れいかの強めの声が男子の頭に響き、女子の考えていることがぼくに何もかもすーすー聴き取られては、はしゃぐどころではないのだろう。 「なんかぼくら迷惑みたいだね」 ーーそお? じゃあ、会うの止める? ーーいぢわる。 ーーふふ。ツンデレがお好みなんでしょ? 「いや、そんなことは。……」 「何回かあたしに会えば秘密はなくなるよ」 「こわっ! 心のきれいなぼくだからいいんだろうね、うん。とにかくはた迷惑だから会うところ考えるよ」 ーーへえ、とばさんって塾の先生なんだ。 「話が早くて助かるよ。元々こじんまりとやってたし、こういう事態だからリモートが中心で生徒はほとんど来ないんだ」 ーー先生と生徒か、萌える設定だね。 「仕事だって」 金町駅から少し歩いて、歯医者の隣りの小さなビルの二階に彼女を連れて行く。 「ホントこじんまりだね」 「広いところを借りると生徒一杯集めないといけないでしょ? 人もたくさん雇わないといけないじゃない?」 「お金儲けには向いてない人だと思ってたけど、確信に変わったよ」 「他の人に聞かれる心配がないと声に出してしゃべるんだ」 「気づかなかったんだ? 声に出す方が好きなんだよ」 しばらくおしゃべりしてたら、そおっとって感じでミクさんが入って来た。今のところたった一人のバイトさんだ。常総大学の二年生で、専攻は訊いた気がするけど、忘れた。 「こんにちは」 「こんにちは。こちらはれいかさん、新しい生徒さん」 「あ、はい」 「どうも」 「今日は授業はなかったと思いますが、何か」 「いえ」 ee00300a-fb35-4825-b686-80efe4e1d671 静かな佇まいのミクさんをチラッと見て、れいかが訊く。 ーーもしかして、この人。 ーーうん、彼女は『内語コミュニケーション能力』が全くないんだ。 ーーこんなに若いのに能力がないってめちゃめずらしいんじゃない? ーーだから採用したんだ。 ーー美人だしね。 ーーそんな不純な動機はありません。 ーーこうやってあたしたちがしゃべっててもだいじょうぶなんだ? ーーだね。能力がないのは強いよ。 ミクさんの面接の際に能力がないことを話題にした。コンプライアンス違反だという人もいるかもしれないが、それ自体言われることが少なくなった。コンプラを言い立てる人たちの内語があからさまになったからだ。 「内語が使えなくて大丈夫でしょうか?」 「わたしは使えても使えなくてもかまわないと思います」 「そう思ってもらえればいんですけど」 「けど?」 「AIみたいだって言われます」 当たり前の話だが、AIには内面もなく内語もない。 「それはひどいですね。ミクさんはAIじゃないし、感情豊かですよ」 「ありがとうございます」 「少し前まで内語を聴き取ることも、伝えることもありえないことだったのに、あっという間に変わりましたね。人の心の可塑性には驚きます」 ぼくは穏やかに微笑んでいるミクさんに申し訳なさを感じていた。悪意ではないにせよ少し嘘を混ぜて彼女の歓心を買おうとしていたから。 れいかが鼻歌を歌っている。Simon and Garfunkel の"Sound of Silence"のようだ。この曲は今の状況を予言したものとして、ネットで話題になり、若い層にも広く知られるようになった。『沈黙の音』というタイトルや暗示的な歌詞、特に次の一節は人々に強い印象を与えた。  Ten thousand people, maybe more  一万人か、ひょっとするともっと多くの人々が  People taiking without speaking  話すことなく語り  People hearing without listening  聴くことなく聞き  People writing songs that voices never share  声が決して共有されないのに人々は歌を書く
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