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「どこも人がいっぱいだなー。じゃ、喰おうぜ。いっただきまーす」
陸矢は割箸を割り、焼きそばに食らいつく。静香も肉巻きおにぎりに手をつけた。
「うん、美味い」
「おいしいね…でも、こんなに食べれるかな」
「大丈夫、俺、腹減ってるから」
静香はあきれたように苦笑いを浮かべた。焼きそばを咀嚼しながら、陸矢が桜を見上げる。静香も同じように桜を見上げた。薄桃色の花弁は、ふわふわと頼りなく風に揺れながら、花を散らしている。周りには陸矢だけではなく、大勢の人が桜を見上げていて、いま、この場所で同じ桜を見上げている人がいることに、静香の胸があたたかくなる。
「きれいだな」
「桜の花って、なんか、はかないよね」
「はかない?」
陸矢に訊き返され、静香の頬が赤く染まる。
「あ…桜の咲く季節って、ほんと一瞬で、なんか、そんな風にあっという間に散っちゃうものをこうしてみんなで眺めて…そういうのってなんかほんと尊いというか、はかないというか…」
と静香がどもりながらつぶやく。陸矢はしばし黙って桜を見つめていた。
「なんか、僕変なこと言っちゃったよね。ごめん」
「いや、いいこと言うな」
陸矢は静香の方を見て微笑んだ。
「俺、あの歌の意味、やっと分かった気がする」
「え?歌…?」
「うん。ふたりで見るからきれいなんじゃなくて、静香みたいにいろんなことを感じるやつと一緒に見る桜は、いつもと違って見える。なんつーか、愛しい?って感じ」
愛しい、という言葉に静香の顔が赤らむ。自分の思っていることが、陸矢も同じように思ってくれていることが嬉しかった。静香の眼を、陸矢がまっすぐにみつめてくる。視線に耐えられなくなりそうになったとき、陸矢がはにかんだように言った。少し言いよどみながら、苦しんでいるのか、喜んでいるのかわからない表情を浮かべて。
「なあ、俺がもし、お前のこと好きだって言ったら、お前どうする?」
「え…?」
陸矢は顔を真っ赤にして、静香を見つめてきた。その言葉は波紋のように広がり、静香の胸にこらえきれない喜びが沸き上がる。
「おい、なんか言ってくれ。黙るなよ。…返事は?」
「ぼ、僕も…僕も、陸矢が好きだよ」
そう上ずった声で静香が叫ぶ。陸矢は、いい返事すぎ、と言って、おかしそうに肩を揺らした。
「だって、ずっと好きだったんだよ、陸矢のこと」
「ごめん、ごめん。…すげー緊張した。うん、俺も」
春の優しい風が吹き抜け、桜の花びらが二人の間に散る。桜の花びらを見上げる陸矢の顔が、静香の眼にはかすんでうまく見えない。
「これから、ずっとお前と一緒に桜が見たいよ」
陸矢のあたたかな声が、静香の頭上から降り注いだ。
END
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