人生相談ってまだ有効?

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人生相談ってまだ有効?

「カクレクマノミ、好きなの?」 趣味が近そうなので、話題を振ってみた。 大体の人間はこの魚を見た時とあるカタカナの二文字の名前で呼びがちだ。 あの映画の影響力はすごい。 けれども彼女は真っ先に魚としての名前を呼んだのだから、何か思い入れがあるに違いないと思った。 「可愛くないですか?グミみたいで」 「グミ」 「あんまりにも可愛いから飼ってみようと思ったこともあるんです…でも魚を飼うのは大変だって聞くので、私は水族館で十分だなって」 こうして話していると、彼女はいったいなぜ幽霊となってここにいるのか余計にわからなくなって来た。 ただ年相応の女の人に見えるのだ。 「クローゼットから出て来た時から思っていたんですけど…きっと私と歳、近いですよね?私の享年は23だったのですが」 「俺は24だけど…」 やはり、ほぼ同い年だった。 それから同年代トークに花を咲かせていると、彼女はぽつりぽつりと生前の話をしてくれた。 「陽子って名前だったから、みんな私の事色んな渾名で呼んでくれたんです。よこちゃん、よーちん…その中でも一番好きで…一番憎いのは、ようちゃんって呼ばれ方でした」 「それが本来化けて出てくる予定だった家の人?」 陽子さんはこくりと頷いた。 唇を噛み締めて、俯く彼女は大きな感情を堪えているようで、思わず背中を摩ってあげてしまった。 それに驚いた彼女はこちらに顔を向ける…慌てて俺は手を退けた。 うわやらかした、いらん事した。だから童貞なんだよなぁ。と自分の中でぐるぐる考えていると彼女は眉毛を下げて、無理やり作ったような笑顔で「ありがとう」と小さく言う。 それからたっぷり息を吸い込んで、続きを話し始めた。 「ようちゃん、ようちゃんって私に笑いかけるあの人は…本当に可愛くて。…大好きでした、本当に」 「そっか」 「でも…あの人は、私じゃない人を選びました。誰といるよりも幸せそうに笑っていたんです」 想像してみる。 自分に対して好感度が高くて、こちらからも好きだと思っていた人が、違う誰かを選び、自分といた時よりも素敵な笑顔で、満ち足りた道を歩もうとしている… 童貞彼女無しの俺でもわかる、それは辛い。 「失恋した時って、さっ…と背中に冷たい物が通る感覚がして、ってよく言うじゃないですか。もうそんなのも感じる暇がないぐらいに、ぐらりと世界が歪むんです。こんな世界で歩いていられないぐらい、ふわっとして、現実じゃない気がして…」 「失恋、かぁ…」 俺には経験がないからわからないけど、と言おうとして、でもきっと陽子さんは死んでしまった以上アドバイスとかそんなものが欲しいのではなくて、ただ話を聞いて欲しいんだろうなと思ったので、黙っておく。 もしかしたらこの心残りを払拭する事で、彼女は成仏したいのかもしれないし。 「それでも日々が私を癒してくれたんです。けど…ある日、あの人は満面の笑みで私に言ったんです。子供ができたんだ、って」 「おっと…」 「もう耐えきれませんでした。一気にあの人が汚らわしく見えて、全てが許せなくなって、あの人は…私がいなくても幸せになれたし、家族を作れたんです」 「陽子さん…」 「でも!…それでも、私はあの人の命を祝福しようと思ったんです。子供が生まれた時、誰よりも先にあの人は私に連絡を入れてくれた…その事実が、私にはまだ縋り付くための最後の砦だってんです」 言葉を聞いた瞬間、その人、相当性格悪いんじゃないか?と俺は思った。 普通思わせぶりな態度をとった女相手に、そんな事するか?と。 随分酷い人にひっかかったんだな…と哀れみの感情すら浮かぶ、そして俺は言葉を促す事なく、続きを待った。 「けれど、私は病院に向かう途中…事故にあった。それでこの話はおしまいです」 「陽子さん、それは…確かに無念かもしれない」 「私が幽霊になってしまったのも、成仏できない理由も、家を間違えたのも、わからないからなんでしょうね。本当に私はあの人に会うべきなのか…子供の顔を見るべきなのか…」 陽子さんはとうとう俺のベッドに顔を埋めて、縋るように泣き出してしまった。 一瞬あぁ、俺のベッド臭くないかな、と場違いなことを考えてしまったが、女の人がしくしくと泣く姿を見ると言うのは…どうしてこんなにも胸を引き裂くような痛みが走るのだろうか。 「陽子さ…」 「私…私っ、グロテスクだなと思っちゃったんです…彼女の、あの、大きなお腹を見た時に…あの中に命が詰まってると思うと恐ろしくて!…怖くて!」 「確かに、自分が好きな人との間の子供だと思うと良い気はしないけど…」 「あの子は、私といる時が一番だって、男の人なんて嫌いって、言ってたのに!…それなのに、私を置いてっ…ひっく、幸せになってしまって…!」 「…ん?」 急に頭の中で何かがズレた。 一段ずつ確かめながら登ってた階段が、急に下りのエスカレーターになった気分だった。 「あの子の髪の毛を結ぶのは私の特権だった!ズボラだって言うから、私がいつだって結んであげてた…ツインテールがよく似合う、可愛いあの子は…っ、私のものじゃなかったんです!」 そしてそのエスカレーターは全ての段が収納され、滑り台となった。 地面へ尻から着地し、腰を強打した俺は、一から話を組み立て直す。 俺がとんでもないクズ男だと思っていた存在は、ちょっと考えが足りないタイプのふわふわ女だったのかもしれない。 「えっ……と、陽子さん。…もしかして幽霊になったのって、呪いとか怨念とかじゃなくて…いやそれもちょっとあるかもしれないけど。子供の顔見たら成仏できるんじゃないかな?」 俺には同性を好きになるという気持ちがわからないのだけれども、区切りをつけるという意味では男も女も同じではないかと思う。 そんな事、彼氏も彼女もできた事ない俺が言ったってしょうがないのだけれど。
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