転がるのはおむすびだけじゃない

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転がるのはおむすびだけじゃない

「…やっぱりそう思いますか?」 「母親になったその人の顔見たら、安心して成仏できるんじゃないかなって思うけど」 「……」 「ていうか、本来俺の家じゃなくてその人の家に出てくる予定だったんでしょ?間違えたのも、決心がつかなかったからじゃないかな…」 びしょびしょになったマットレスを見て、幽霊の涙もしっかり濡れるんだな、とアホなことを考える。 まさか俺の人生で幽霊の人生相談に乗る日が来るとは思わなかった。 陽子さんは俯き、長い髪の毛に隠れた顔は未だ決心のつかない様子だ。 「陽子さんはさ、俺なんかよりずっとすごいよ。何かを好きになるってほんとエネルギー使うじゃん。俺は…それが嫌でずっと避け続けてるから…だから大人になっても付き合った人いないし、童貞なんだよ。…ま、まぁ?今時珍しくないけどさ?」 意を決して冷たい手のひらを握る。 「……ふふっ」 それは下心なんかじゃなく、彼女の背中を押す為に。 勇気が出ますように、と願いを込めて握る。 「おい、何がおかしいんだよ!」 「ごめんなさい…ふふふ」 顔を上げて、嫋やかに笑う彼女は本当に可愛らしかった。 こんな人を振るだなんて、その女もセンスがないな。 いや、振るとか振られるとかいう前に、告白があったかどうかも怪しいな。 だから、この話はここでおわり。 「私…行って来ます、彼女に会いに」 陽子さんは立ち上がり、クローゼットの方を向いた。 その後ろ姿は幽霊らしからぬ、シャキッと背筋の伸びた姿で、長く伸びた髪の毛が白いワンピースによく映えた。 「おう、頑張れよ」 「……最後に一つだけいいですか?」 歩みを進めていた彼女は、クローゼットの取っ手に手をかける前に振り向いた。 「なんだ?」 「クローゼットの中、整理した方がいいですよ」 「やかましいわい!」 そうして彼女は手を振ってクローゼットの中へと帰っていった。 確認の為に開けてみたけれども、陽子さんは跡形もなく、夢のように消えていた。 「…行っちゃった」 取り残された俺は…否、取り残されるも何もここは俺の家であって、俺の部屋なのだが。 それでも少しばかり寂しくなってしまった。 いつかまた、幽霊の彼女がひょっこりクローゼットから顔を出したら意気地なし!とつついてやるのにな、と思いながらも。 彼女がもう現れなければ、それはそれで幸せだろうと。 「くぁ…………ふぁあ…」 大きなあくびが睡魔と共に襲ってくる。 仕事終わりに頭を使う人生相談に乗ったものだから、体の疲れが限界を迎えていたのだ。 ベッドで布団に包まり、目を閉じ、大きく深呼吸をする。 彼女が成仏できればいいな、と思いながら。 目を覚ますと、なんだか腹が苦しかった。 変なものでも食べたかな、と目を覚ますために布団に手をかけると…布団と腹の隙間の方に二つの目が見えた。 目が、見えた。 「ぎゃああああああああ!」 布団をひっぺがすと、青年が俺の腹の上に乗っかっていた。 「すいません、幽霊の恋愛相談に乗ってくれる男の人がいるって聞いたんですけど…」 「どこから!?」 「幽霊ネットワークで」 「幽霊ネットワーク!?」 おいやってくれたな陽子!と頭の中で思わず叫んだ。 たった一晩でどう広まったんだ、俺の話が。 明らかに曲解され広まった噂じゃないか、と歯軋りしたくなるような気持ちを抑える。 ていうかなんだよ、その微妙なSNSの名前みたいな輪は! 「ダメ…ですか?」 「童貞に恋愛相談とかなんの悪夢だよ!どう考えても俺以外の方が適任だっ…重い重い重い!何!?重くなれるの!?」 「拒否られると思ったら悲しくて」 「悲しくなると重くなるのかよ!わかったからちょっ…降りろ、俺から!話はそれからだって」 クローゼットの向こうから陽子が笑っているような気がした。 ふざけんな、いるなら出てこい。こいつを俺から引き剥がすの手伝え。 「……お兄さん、よく見ると…顔可愛いですね…メガネとか似合いそう」 「へぇ?…あ、ありがと…?」 「僕、お兄さんみたいな人の顔好きですよ」 急に部屋の湿度が高まった気がする。 あれおかしいな、俺寝る前にエアコンの除湿つけてたはずなんだけど。 「おぉ…そ、そう?」 陽子より幾分か暖かい手のひらが俺の頬を撫でる。 ぞわり、としたのは幽霊に触れられたからではないはずだ。 俺は生きてる女の人にモテたいのに、幽霊にモテてもしょうがないだろう! まぁでも、こんな突拍子もない生活が始まるのも悪くない…の、かな。 悪くないと思うことにした。
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