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第一章
1
———なんでラインの返事、くれないの? ———
頭の中で、声がした。汗ばんだ自分の肉体を、そっと手のひらで拭う。
外は、雨だった。隣には、自分よりも年齢が上の女性がいる。顔を覗き込むと、目を閉じて眠っていた。
綺麗な寝顔だ。昼間は一つに束ねている長い髪を解き放ち、薄い瞼を閉じて、眠っている。
化粧やファンデーションを洗い落としているはずなのに、彼女の素顔は艶めいていて美しい。
「伊織さん……」
俺はそっと、女性の名前を呼んでみた。当然彼女からの返事は無い。
助けてくれよ、伊織さん。俺は、彼女でもない女から、ずっと付きまとわれてるんだ。
———なんでラインの返事くれないの? ———
毎日のように聞かされる言葉が呪縛のごとく、頭の中に残っている。俺は、小心者だ。
泣かれるのが怖いから、嫌いな女に「嫌いだ」とはっきり言うことも出来ない。彼女がいるなんてことも、その彼女が自分より十二歳も歳上の女性だということも、そしてその人と体を重ね合わせたことも、はっきりと言えない。
そんな臆病者なのだ。
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