最終章

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 ピアノの詩人と言われている彼が、伊織さんによれば俺に似ているらしい。 何が似ているのか、俺にはちっとも分からないけれど、伊織さんが言うのだから、つい「そうなんだ」と思ってしまう。  幸い、俺は母さんからピアノを習っていたから、ショパンの曲もいくつかは弾ける。楽譜を開き、譜面台に置く。それから、両手をそっと鍵盤にのせた。 ———子犬のワルツ。  それは伊織さんとの、思い出の曲だ。  たとえ俺達が別れることになってしまったとしても、俺はこの曲を耳にする度に伊織さんのことを思い出すだろう。  そのとき、俺はどんな気持ちになるのか。足元で跳ね回る子犬の楽しげな様子を表現したかのようなワルツを聴いて、曲の印象とは正反対の感情を抱いてしまうのだろうか。  いや、俺達が勝手に楽しいと想像しているだけで、「子犬のワルツ」という曲は、悲しさを紛らわせるためにわざと軽快に作った曲なのかもしれない。
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