最終章

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「練習曲第三番ホ長調」と書かれたページを開くと、楽譜の隅にこんな言葉を見つけた。 「一生のうち二度とこんなに美しい旋律を見つけることはできないでしょう」 母さんが書いたのであろうその言葉は、ショパンがこの曲に対して遺した言葉だという。それを再び見た今、俺の目から涙が零れた。  透明な液体が、白い鍵盤の上に落ちる。  ひとつ、ふたつ、みっつ。ぽた、ぽた、ぽた。  動じないつもりだった。サバクや梓に励まされて、いつかまた会えるから大丈夫だと、自分に言い聞かせていた。だけどそれは所詮、強がりでしかなかったのだ。  伊織さんが再び俺と会ってくれる保障なんて、どこにもない。避けられているんだと少なからず思っているから、いざ会いに行くとなっても、足がすくんでしまうに違いない。  伊織さんに会いに行くために、勇気を振り絞ればいいというような生半可な行動をすればいいというほど、簡単なものではない。
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