第二話 結婚することになったらば

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第二話 結婚することになったらば

 初めて義母に会ったときのことは、忘れられない。  あれほど冷たい目は見たことがなかったから。 「あなたを引き取るのは、仕方ないからですよ。本当なら目に入れたくすらなかった」  そして夜中、眠れなくて廊下を歩いていたら……居間で酔って話す父と義母を見つけてしまった。  なにを話しているのかと、そっと様子をうかがってしまった。  義母は荒れ、グラスを割っていた。  父はなだめて、彼女の肩を抱いてささやいた。 「そう荒れるな。リゼットはかわいそうな子なんだ」 「なにがかわいそうなのですか! あなたの火遊びで生まれた子でしょう! 下町の孤児院に押しつければよかったのに!」 「……君にも、リゼットを引き取るメリットはある。リゼットは娘だ。庶子だが……。うちとつながりたい貴族は多い。君の思うとおりに、結婚相手を選んでくれ。君に利益をもたらす結婚を」  父の言葉に衝撃を受けて、リゼットは後ずさって――きびすを返して部屋に戻ったのだった。  それから、義母はリゼットを教育した。  彼女の駒になるのが嫌で、しがみついたのが警察アカデミーだ。  警官になったら、もう義母の思うとおりにならないと思ったのに――。  ハッとして目を覚ます。  ベッドに入ってつらつらと考えているうちに、眠っていたらしい。  結婚話を切り出されて三日経つ。  今日は休日だ。  しかも、相手方と顔合わせの日――。  ため息をついても、どうにもならない。  リゼットが機械的にドレスに着替えたところで、メイドが扉越しに「お嬢様、朝食のご用意ができました」と教えにきてくれた。    朝食の席には、既に父と義母が着いていた。  リゼットが「おはようございます」と挨拶をして席に座ると、それぞれ気だるげな挨拶を返してきた。 「忘れてないとは思うけど、今日は顔合わせの日ですよ。失礼のないように」  朝食が始まるなり、義母が鋭い視線と言葉を飛ばしてくる。 「わかってます。でも、あたしは……」 「“あたし”、じゃなくて、“わたくし”でしょう?」 「わ、わたくしは……」  ここに引き取られてから矯正されたが、幼いころに下町で身に着けた言葉遣いはなかなか治らない。 「わたくしは、警官を辞めるつもりはありません。相手方がそれを承知しなかったら、なかったことに……」 「あーもう。それを決めるのはあなたでもわたくしでもありません。あなたの夫です。あと、なかったことにはなりません。爵位では同じですが、ルーメン家は我がインベル家より歴史が古く格が高いのです。格上の身分から持ち込まれた縁談は、断れません」  ぴしゃりと義母はリゼットに言い聞かせる。 「絶対に不興を買うことを言わないように」 「……はい」  リゼットはうなずくしかなかった。  夕方に、ヴァンデンスとその両親がインベル家を訪れた。  リゼットは緊張でがちがちになりながら、両親と共に玄関ホールで彼らを迎える。 「どうも、いらっしゃいませ!」  父はにこやかに笑ってルーメン侯爵に近づき、握手を交わす。  ルーメン侯爵は灰色の髪の、がっしりした体躯の男性だった。父に比べると若く見える。  ちらり、と彼の隣に立つ背の高い青年を見やる。  銀色のまっすぐな髪は腰まで伸ばされ、さらさらとしている。  目はサファイアを思わせるような、神秘的で深い青だった。  顔の造作は彫像かと見まごうほどに整っている。  彼を見ていると「清き水の魔術師」という異名がふさわしく思えた。  どこか清冽な印象を受けるのだ。  魔術師の正装は貴族が着るロングコートではなくローブなので、彼もローブをまとっていた。  白を基調にしたローブには凝った刺繍が施されており、さぞ高価なのだろうと確信できる。  ボーッとしていると、義母に声をかけられた。 「リゼット! ご挨拶を!」 「え!? あ、えー……その、あた……わたくしがリゼット・インベルです。よろしくお願いします!」  ぼろぼろの挨拶をしてしまい、義母に睨まれ、父に苦笑される。  ヴァンデンスは顔色ひとつ変えなかった。 「――ヴァンデンス・ルーメンと申します。お見知りおきを」  彼は優雅に一礼したが、やはり笑顔はなかった。 (このひとも結婚に不服……とか? でも、そうだな。ルーメン侯爵側にメリットはない……よな)  ルーメン家はインベル家より格上。  しかもリゼットは庶子である。  外国では庶子であるという時点で「正式な子供」とは見なされない。  アウラ王国ではそこまで厳密ではないが、やはり正妻の貴族女性から生まれた子供に比べると「身分が低い」と思われる。  高位の貴族ほど庶子との婚姻は忌避する。 (とすると、なんかやっぱり後ろ暗いから、あたしに結婚話を持ってきたんじゃ……)  つらつら考えているうちに、両親がルーメン家の皆を奥に案内していた。  リゼットは慌てて、彼らのあとを追った。  両親同士が話しているのを聞きながら、リゼットは食事を口に運ぶ。  やはりヴァンデンスはにこりともしなくて、淡々と食事を進めていた。 「――まだ日が落ちていないことですし、ふたりで散歩でもしてはどうかな」  ルーメン侯爵の提案に、リゼットの両親も賛成した。
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