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かくして、リゼットとヴァンデンスは屋敷の庭を散歩することとあいなった。
彼は庭を見渡してから、空を見上げる。
その横顔はどこか神々しかった。
(あたしより一歳上の十八歳だって聞いてるけど、もっと大人びて見えるなあ……)
などと、のんきなことも考えてしまう。
しかし、見とれている場合ではない。
なにか話さないと、と思いながらもリゼットは話題を見いだせない。
(……なんでこのひと、こんなにしゃべってくれないんだ……)
それは自分も同じなのだが。
(でもこういうときって、男性が率先してしゃべってくれるものなのでは……)
いつか義母から教わったことを思い出していると、ヴァンデンスがこちらを見た。
「あ、あの……あたし……いや、わたくし……」
慌てて、なにか話さなくてはとリゼットは口を開く。
「警官を辞めたくありません! 一生懸命アカデミーで訓練して、ようやくなれたんです。だから!」
初めて、ヴァンデンスの表情が動いた。
目を丸くした――驚きを見せたのだ。
「……別に辞めろとは言っていませんが」
「あ! そ、そうですよね。や、その……辞めろって言われるかと思って」
「なぜ?」
「え……」
なぜ、と聞かれても困る。
リゼットが黙り込んでしまうとヴァンデンスはいきなり手をかかげた。
なにもないところから水が生まれて、球体になる。
球体のなかには、極彩色の魚が泳いでいた。
「どうぞ」
差し出されて、リゼットは緊張しながらそれを受け取る。
ひんやりとしたそれは、リゼットの手のなかでも崩れなかった。
「それは本物ではなくて魔法の魚です。その球体は三日ほどしか持ちませんが、どうぞ」
「え! ありがとうございます……」
初めて見る水魔法に感心しながら、リゼットは球体を何度も眺める。
そうこうしているうちにリゼットの父が呼びにきて、ふたりは屋敷のなかに戻った。
なんともいえない顔合わせの翌日、リゼットは出勤するなりミランダとエルに根掘り葉掘り聞かれる羽目になった。
「んー。結局、リゼットの印象はどうなの?」
「印象もなにも――無表情で無口で、なにを考えているかわからない。正直、まだどんなひとかさっぱり」
エルの質問に答え、長く息をつく。
「魔術師って変わり者が多いらしいものねえ。浮世離れしてる、っていうか」
ミランダの言葉で、思い出す。
魔術師は小さいころに親元から引き離されて魔術師学院に入るということを。
だから世間ずれしていないひとが多い――と。
「ところで、婚約破談の話は聞けたの?」
「聞けるかっ!」
ミランダに言い返すと、彼女はからからと笑っていた。
「でも美形ならよかったじゃない」
「いくら美形でも、話さないのは嫌だなあ」
「ちょっと、エル。余計なこと言わないでよ」
ふたりの会話を聞きながら、リゼットは頬杖をつく。
「しかし、清き水ねえ。そういえば、きれいすぎる水には魚が住めないって話、知ってる?」
ミランダは言ってから気づいたらしい。
「ミランダさんこそ、余計なこと言ってるじゃん!」
「今、自分でもまずいって思ったわよ!」
賑やかなふたりの会話を聞いていると、自然と笑みがこぼれた。――苦笑では、あったが。
ヴァンデンスがくれた水の珠は彼が言っていたとおり、三日後に霧散してなくなってしまった。
贈り物をくれたぐらいなのだから、少しは好意を持ってくれていると信じたいが――。
(どうなんだろう……)
とはいえリゼットの気持ちなんて、関係ない。
この結婚は決定事項なのだから。
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