第四話 初めての事件が舞い込んだら

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「……あれ署長、言ってみたかっただけよね」 「ま、おかげでぼくらも気分が上がったし、いいんじゃないですか?」  ミランダとエルはひそひそと話しながら、こちらを見てくる。  席が足りないのでヴァンデンスにはリゼットの席に着いてもらい、リゼットは壁際に放置されていた予備の椅子を引っ張ってきた。  ヴァンデンスは机に地図を広げて、静かに眺めている。 「あの、ヴァンデンス様」  椅子に座ってから、リゼットは呼びかける。 「呼び捨てでいいと言っただろう」 「あ――えっと、はい。いやでも、ここは外だし様づけで……」 「わかった」  あっさりとヴァンデンスは引き下がる。 「ところで、どうしてヴァンデンス様が此度の事件を協力することになったのですか?」  宮廷魔術師は、ヴァンデンス以外にもたくさん――とは言わずとも、複数いるはずだ。  当然、恣意的な抜擢である。 「陛下が、警官が妻なら協力しやすいだろうと……よくわからないことを言ってな」 「ははあ。たしかにそれは、逆らえませんね」  実際のところ、協力しやすいどころか気まずいことこの上ないのだが。  しかも仮面夫婦であるという事実は、先ほどミランダとエルにも伝えたばかり。  ふたりもやりにくいだろう。 「窃盗事件は魔法が使われているものと、使われていないものがある。私も事件現場におもむき、痕跡をたしかめた」  それで忙しかったのか、と納得する。  警官に魔術師はいない。魔法が使えたらみんな魔術師になるからだ。  そのため、魔法がらみの事件があれば宮廷魔術師に協力要請をするしかない。  とはいえ、そもそも魔法を使える者は圧倒的に少ない。そのため魔法がらみの事件自体が珍しいので、リゼットが知る限り近年そういった事件はなかった。 「第二課が魔法の痕跡がない事件を担当し、この第四課が痕跡のある事件を担当することとなった」 「なるほど? 魔法の痕跡がある事件のが少ないのですか?」 「それも理由のひとつだ。もうひとつ理由がある。女性のほうが、魔法を気取りやすいのだ。魔法の才能がなくてもな」  意外な事実に、リゼットは目を丸くする。 「本当ですか?」 「ああ。そういう理由で、私は第四課を指名した。――陛下の手前も正直、あるが」  ふと、ヴァンデンスは顔を上げる。  ミランダとエルが緊張して、たたずんでいる。 「ふたりも座ってくれ。近くに椅子を持ってきて」  促され、ふたりも遠慮がちに椅子を移動させて座った。 「このとおり、王都に散発的に起きた窃盗事件の発生場所に丸印をつけてある。青い丸が魔法の痕跡あり、の事件。ないものは赤丸だ」  示されて、リゼットは地図をのそきこんだ。  たしかに、赤い丸のほうが多い。 「これって、魔法ありとなしで別々の事件じゃないのですか? たまたま同時期に起こっただけで」  ミランダの質問に、ヴァンデンスは首を横に振っていた。 「手口が似過ぎている。警備の兵士は薬草の煙で眠らせ、宝石は盗まず金のみを盗んでいる。普通は、全部まとめて盗むものだ」 「たしかに……おかしいですね。労力に見合わない」  盗みに入るの自体が楽ではないので、一度にできるだけたくさん盗むものだ。 「金だけにする意味ってあるのかな?」  エルが首を傾げる。 「金はどこの国でも価値が高い。宝石ほど価格が変動しない。だから意味はある……が、しっくりこないな」  リゼットは説明しながらも、自分で納得できなかった。  たとえ変動する可能性があるとはいえ、どの宝石にも一定以上の価格はつく。  もし外国で売りさばきたいのなら、その国のレートを調べておいて、一番高く売れる国で売ればいいだけだ。 「君の言うとおりだ。理由としては弱いので、他に理由があるような気がする」  ヴァンデンスは地図の一画を指さした。 「窃盗はいつも夜に行われている。今夜はこのあたりを第四課で巡回する。私も同行するので、魔法にも対抗できる」 「ヴァンデンス様も? この区画が、今夜は盗みに入られるというのですか?」 「おそらく。王都の高級住宅街の家をまんべんなく襲っているからな。今度はここと……この西にある区画のどこかだと思う。西側は第二課が巡回する。第三課は、他の区画に散ってもらっている。警戒されて他に行かれたときの保険だな」  理路整然と説明され、リゼットは気を引き締めて敬礼する。 「了解!」 「了解しました!」  ミランダとエルもリゼットにならう。 「連絡は魔法の鳥で行う」  ヴァンデンスが手をかざすと、どこからともなく水でできた鳥が彼の腕に止まった。 「これは言葉を伝えてくれる魔法の鳥だ。第二課と第三課にも、巡回の前に渡す。――さて」  水の鳥を一旦消したところで、ヴァンデンスは立ち上がった。 「巡回は夜だ。夜通しの巡回になると思う。それまで仮眠を取っておいてくれ」 「わかりました」  リゼットたちが首肯すると、ヴァンデンスは扉まで歩いていった。 「私も一度、王宮に戻る。夕刻には戻るので、一旦失礼する」 「はっ」  リゼットが敬礼したところで、ミランダがつついた。 「見送りに行ってきなさいよ」 「え、でも」 「いいから!」  背中を押され、リゼットはぎこちなくヴァンデンスに近づく。 「……なにか?」  扉を開いたところでヴァンデンスは不思議そうにこちらを見る。 「お見送りをしようかと」 「結構だが」  にべもない返事を聞くと、かえって見送りたくなるから不思議だ。 「いえ! せめて署の外まで! 送らせてください」 「……好きにすればいいが」  ヴァンデンスは呆れて引き下がる。  半ば無理矢理、リゼットは署のすぐ外までヴァンデンスを送った。 「では」 「はい」  夫婦らしさのかけらもない愛想のない言葉を交わして、リゼットは彼の背を見送った。
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