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 2045年、さいたま新都心。  実験的な街づくりから半世紀ほどが経ち、国の中枢が一部移転してきた。  かつては東京へ通うサラリーマンのベッドタウンとして開発されたのだが、一般企業の本社が相次いで移転し、巨大なビル群を形成する。  人々は国家公務員宿舎や高層マンションの一室に(こも)って仕事をする。  ほとんど家から出ない者が多くなり、街は活気を失っていく。  灰色のコンクリートと鉄筋がむき出しの景観に、人工的に作られたケヤキ並木が規則的に並ぶ。  ファーストフードやファミレスはまだまだ健在だが、デリバリーが増えて店舗は縮小された。  道路には自動運転車が、居眠りを決め込むオーナー達を乗せて走る。  便利になった反面目的を失いどこまでもドライブを楽しむ者が増えた。  放浪者、などと呼ぶよりも、車上生活者と言った方が適切かもしれない。  社会全体がこんな雰囲気で、無目的をたしなみとする風潮が広がった。 「今日も花を探しに行くの」  牧宮 由梨(まきみや ゆり)は尋ねた。 「そうだよ。  好きなことをしてお金になれば一石二鳥よね」  親指を立てて見せた(くれない)あかりが自動運転車の運転席から外を眺めた。 「由梨の虫探しも手伝うからさ、今日は折半(せっぱん)にしようよ」  毎月最低限の生活を保証される「ベーシックインカム」を選択した2人は、小遣いを稼ぐためにそれぞれのミッションをこなす。  社会の経済活動としてではなく、この世界を知り人類の叡智(えいち)と教養に貢献(こうけん)することが求められた。  高校生である2人は、テストの点数次第で授業を免除され将来の学費も保証される。  明確な成果が明確な見返りに(つな)がるようになると、人類の知的レベルは加速度的に高まった。  新都心を離れ、一般道を悠々(ゆうゆう)と進む車は、時々雑木林を見つけては横付けにして2人を下ろす。  木々が若葉を(しげ)らせる季節、木漏れ日が点々と丸い光を地面に投げかけ、暗い茂みを照らす。  新種の昆虫など簡単に見つかるものではないが、学者並みに知識を詰め込んだ2人の頭脳は一瞬で見極めることができた。 「あれ見て」  あかりが指さした方角に蝶が飛んでいた。  耳に取り付けた装置に、視覚情報を保存すると視線を周囲に向けた。 「最近、熊が増えたって言うけど ───」  眉根を寄せて、暗闇の先に視線を走らせた由梨が言った。 「大丈夫よ。  一応ショットガンレーザーを持ってるわ」  腰に付けたホルスターには、小型の銃が黒光りしていた。
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