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目前に広がる灰色の中に、淡い水色がかすめた。
今日はまだ春だというのに気温が高い。額に汗がにじんでいるのが自分でも分かる。坂を登っているので、なおさら暑く感じられた。
右手からは味も素っ気もない住宅街が、ガードレール越しに見渡せる。
これが山や海だったなら、さぞ良い眺めだったかもしれないが、薄汚れたごく普通の住宅の屋根がひしめいているだけなのだから、面白みなど欠片もない。
左手はさらに悪く、ただのコンクリートの崖があるだけだ。排水管の口がポツポツと突き出ていて、申し訳程度の水が流れている。雨の日は水量が増して降りかかることがあるから、堪ったものではない。
この坂の傾斜は急で、毎日通勤のために登っているが一向に慣れない。冬場は路面が凍結して危ないったらなかった。
けれど、バス停はこの坂の先にあるのだから、我慢しなければならない。
毎日毎日、何の面白みもない道を登って、バス停に向かい出社する。やたらと圧の強い上司の顔色を窺い、同僚の興味のない話に相槌を打ち、取引先に愛想笑いを浮かべる。やっと帰宅しても、夕食を作って皿洗いをして、明日の仕事の準備をして……とやっているうちに寝る時間になる。目が覚めればもう朝で、またこの坂を登ることになるのだ。
うんざりしていた。
俺は俯き加減に、ただ黙々と足を動かす。視界はアスファルトの地面の灰色が占めていた。そこに、目の覚めるような水色が入り込んできたのだ。
顔を上げると、坂の先を誰かが歩いている。若い女性だ。
肩までの髪が、ふわりと風にそよぐ。強い日差しに透けて、髪が亜麻色に輝いていた。白いカーディガンに水色のワンピースを着ていて、どうやら視界に入ったのは彼女のスカートの裾だったようだ。
彼女には見覚えがある。
たまにこの坂で見かける女性だ。家がこの近所なのだろう。
けれど、それ以上のことは知らない。話したこともない。この道で会ったから、ああ彼女だと分かったが、これが他の場所だったなら多分気が付かなかっただろう。髪型が変わっても、誰だか分からなくなるかもしれない。その程度の関わりの相手だった。
つらつらと考えていると、ふいに彼女が立ち止まった。なんとなく彼女に追いつくのが気まずくて、少し歩調を緩める。
電話でも鳴ったのかと思ったが、彼女は荷物を探るような仕草はしない。俺から少し先で突っ立ったまま動かなかった。
いったいどうしたんだ?
具合が悪い様子でもないが……
首を捻った時、ぶわっと強い風が吹き彼女の髪がかきあげられる。亜麻色の髪の陰から、色白の横顔がのぞいた。横顔の視線の先は、空に向かっている。彼女は空を見上げているようだった。
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