椅子

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 Kさんが高校生のころの話だ。  Kさんが通う高校の近くに、寂れた公園があったのだという。 「公園って言っても、そんなのは名ばかりで。特別広いわけでもなければ、水飲み場も、ベンチも、遊具の一つも置いてませんでした。芝生がある、ただ中途半端に広いだけのスペースを、適当にフェンスで囲んだって感じで……。僕は登校する時も下校する時も、決まってその公園の前を通るんですけど、子供が遊んでる場面に遭遇したことは一度もなかったです。まあ、近くにブランコやらジャングルジムがある、親子連れに人気の公園があったんで、そっちに人が流れちゃったんでしょうね」  しかし、そんな人気のない公園にも、一つだけ置かれているものがあったのだと言う。 「その公園、古い木製の椅子が置かれていたんです。いや、『古ぼけて塗装が剥がれたベンチがすみっこにあった』とかじゃなくて、骨董品を扱う店に置いてありそうな高そうな椅子で……何だろう、アンティークって言うんですか? とにかく、そういう椅子が、公園のど真ん中に一つだけ置かれてたんです」  当時、高校生になったばかりだったKさんは、高級そうな椅子が芝生の上に置かれていることに違和感を覚えた。 「けど、毎日そばを通って椅子を見てるうちに、なんか慣れてきちゃったんですよね。『だれもこんなとこで遊ばないし、誰かが使わなくなった古い椅子を捨てていったのかな』とか思っちゃって」  最初は公園に不似合いな椅子を不思議に思っていたKさんも、そのうち椅子のことは気にしなくなった。  しかし、それから二か月ほど経った梅雨の時期に、異変が起こった。 「その日は、文化祭準備のために結構遅くまで学校に居残ってたんです。僕は帰宅部だったので、その公園のそばを通るのはだいたいいつも十六時過ぎだったんですけど。その日、公園を通ったのは二十一時近くだったと思います」  小雨が降っていたこともあり、空気がどんよりと重たかった。文化祭準備で疲れた挙句、夕飯もまだ食べていなかったKさんは一刻も早く家に帰って休みたかったという。  疲弊した体でとぼとぼと通学路を一人歩いていたが、いつもの公園のそばを通りかかり、Kさんはあるものを見てハッとした。 「あの椅子に、人が座っていたんですよ。夜だったし、そんな光景は今まで一度も見たことがなかったので、心底びっくりしました」  腰かけていたのは初老の男だった。  オレンジ色のセーターを着ていて、杖を持っている。表情は、深くうつむいているせいで見えなかった。  怖くなったKさんは、早足で通り過ぎ、公園が見えなくなるところまで来ると、走って家まで帰った。 「それからしばらくした後、あの公園で遺体が見つかったんです」  梅雨の時期で、雨が降り続いたことで芝生の土が柔らかくなったせいか、埋まっていた白い骨の一部分が地中から少し出てきたのだ。それを見た近隣住民が警察に通報したようだった。  遺体は殆ど白骨化しており、埋められていたのはちょうど椅子の下だったという。一年ほど前に行方不明になっていた初老の男とDNA鑑定が一致したと、ニュースでは報じられたらしい。 「治安のいい街でしたし、そうでなくても不可解な事件だったのでクラスでは、けっこう話題になりましたね。友達に『お前の家の近くじゃん』って言われましたけど、まさかあんなもの見たなんて言えないじゃないですか。やばい奴だと思われたら困りますし……ずっと徒歩で通学していたんですが、あの一件以降は公園のそばを通れなくなって、卒業までバスで通学していましたよ」  Kさんが高校を卒業するころには、その公園は更地にされコンビニが建っていた。  前に椅子が置かれていた箇所は、コンビニの駐車場の一部になっていたそうだが。 「友達から聞いたんですけど、そこの部分だけ、いつ見ても車が停まっていないそうなんです。コンビニにも『駐車場に椅子を置くな』というクレームが月に数件は入るそうですけど、椅子なんてどこにもないから店長が困ってるとか。どこまで本当かわかりませんけど……見える人にはなにかが見えてしまうんでしょうね」
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