6(完)

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6(完)

「可愛い、可愛い、可愛い! 君はとっても可愛いよ!」 「………………………」  少年の体から力が抜けた気がする。倫は上を向いたままのペニスに膣口を宛がうと、そのまま体重に任せて臀部を下ろしていった。 「あっ……!」  陰茎をずぶずぶ根本まで飲み込んでしまうと、少年のぺたんこの腹に手を置き、倫は腰を上下させた。  少年は目を潤ませ、何かに耐えるような表情をしている。 「気持ちいい……?」 「く……っ」  歯を食いしばった少年は、だから声が出せず、こくこくと何度も頷いている。その健気さが可愛くて、またもやいじめたくなってしまう。  倫はわざと早めのテンポで腰をグラインドし、少年を早々に追い詰めてやった。 「あっ、ダメ……っ! おねえさ……!」 「いいよ、我慢しないで……」 「あっ、あっ……! イク、イッちゃう……っ!」  裏返った声はまるで女の子のようだった。少年の四肢は震え、倫に埋め込まれた杭は痙攣している。  倫は腰の動きを緩めて、少年の射精を手助けしてやった。  一段落ついて少年から離れると、彼のペニスにかぶせていた避妊具に、白く濁った液体が溜まっているのが見える。 「いっぱい出したねえ。エライエライ」  倫は少年からゴムの膜を外し、ベタベタと汚れた性器をティッシュで拭いてやった。  敏感になっているのか、倫が触れるたびぴくんと反応するそれは、少しも萎えていない。つい面白がっていじっているうちに、少年が体を起こした。怒らせたかと思う間もなく、ベッドに押し倒される。  鼻息荒く口づけながら、少年はペニスを倫の陰部に押しつけてきた。二度目の性交に挑みたいようだが、どこに入れたらいいのか分からないらしい……。 「ちょ、待って! ちゃんとゴムつけないとダメだよ!」  一喝されると少年はぴたりと動きを止め、枕元にあった避妊具の袋を破ると、その中身をぎこちない手つきで装着した。 「これでいいですか?」 「いいでしょう」  もうこうなったら最後までつき合うつもりで、倫はおとなしく横になった。  ギラギラと獣のような目をして覆いかぶさってきた少年の陰茎を掴むと、膣道の入り口に当ててやる。 「男の子が思うより、女の人のあそこは下についてるんだって。――ここ。分かる?」 「あ……」  突入すべき位置を確認した少年は、おずおずと慎重に腰を進めた。 「んっ……! すご、い……! これ……っ!」  少年の背中に回した手のひらの下で、ほっそりした背中が粟立つのを感じ取る。  よっぽど気持ちがいいのだろう。そう思うと、倫は悪い気はしなかった。 「あ、ん……っ。おねえさん、名前っ、教えてくれますか……っ? お、俺は、日比野 晴馬っていいます……っ」 「高園 倫、だよ」 「倫、さん……!」  うっとりとした熱い吐息の合間に、少年は倫の名を繰り返した。 「あの、倫さん。さっきは、全然気持ち良くなかったと思うから……。俺、どうしたら、いいですか……?」 「気を使ってくれてるの? 優しいね」  倫が微笑むと、晴馬は照れくさそうな顔をした。 「じゃあね……。こう、腰を引いて、先っぽで入り口の辺りをぐりぐり擦って欲しいの。それからゆっくり奥まで突いて」 「こう、ですか……?」  倫の指示どおり、晴馬は動いた。  腰をギリギリまで引き、亀頭のでっぱりだけを抜き差しする。それからじれったいほどゆっくり、腰を突き入れた。奥まで貫いてから、果てをノックするようにごつごつとペニスの先端を当てる。  さすが優等生。筋がいい。 「あっ……! 気持ちいい」  演技ではない嬌声が、倫の口から漏れた。 「これ、俺も気持ちいい……っ」 「我慢できる? 無理しないで、いつでもイッていいよ?」 「やっ……だ……! 倫さんも、気持ち良く、なって……っ!」  晴馬は首を振り、唇を噛み締めながら、愚直に同じ動作を繰り返した。その一途さと、気遣いが愛おしくて、倫の胸は温かくなる。  それから――。  そのあと都合三回ほど、二人は楽しんだのだった。 「もう十年前かあ……」  そりゃあ歳を取るわけだとしみじみ嘆きながら、倫は手にしたスプレー式の消臭剤を辺りに振り撒いた。  淫靡な秘め事の痕跡を消すための工作だが、人工的な花の香りが漂っている様は余計に不自然だろうか。  倫も晴馬も、すっかり身支度を整えている。オフィスは相変わらず静かで、人の気配はないままだ。 「思い出してみると、つい最近のことのよう」 「よく言いますよ。すっかり忘れてたくせに」  呆れた顔をしながら、晴馬は腰掛けた椅子の上で足を組み直した。  晴馬はすっかり虫も殺さぬような、元の爽やかイケメンに戻っている。先ほどまで散々女をいたぶっていた鬼畜男には、到底見えなかった。  十年前のあの日――。  夜が明けぬ前に、倫は少年を――日比野 晴馬を、タクシーで帰した。  二人の関係はそれっきりだ。だから過ぎていく年月と共に、晴馬との一夜は、記憶の中へ埋もれてしまったのだ。  しかし少年は成長し、倫の前へ再び姿を現した。 「……………………」  倫は晴馬を見詰め直した。この男が、十年前のあの情けない少年だったとは、なかなか信じられない。  だが確かに顔にメガネを足して、もう少し体格を貧弱にすれば、あの少年と同一人物だと、納得できるようなできないような……。 「なんというか、まあ……。大きくなったねえ。いろんな意味で」 「はは」  外見はともかく、内面はどうだろう。あの少年は晴馬とは全く異なるタイプだったはずだのだが。  内向的で、プライドが馬鹿高いくせに、臆病で。人を遠ざけるタチだから、少年はひとりぼっちだった。  対して晴馬はオープンな性格で明るく、謙虚で、人望もある。  ――全然違う。 「変わったなって思ってるでしょ。根暗な童貞野郎だったくせにって」  倫がなにを考えているのかお見通しといった顔をして、晴馬はニコニコ笑っている。 「えっ、いや、その……」 「いいですよ。よく分かってるし。――俺が変われたのは、倫さんのおかげです」 「……?」  思い当たるフシがなくて、倫は首を傾げた。 「『可愛い』って言ってくれたでしょ、あのとき。俺、それでものすごーく脱力して。なんか救われたというか……。こんな俺でもいいって言ってくれる人も、いるんだと思って」  晴馬少年は、それまでの人生において、ずっと無理をしていたのだという。誰に強いられたわけでもないその生き方は、言うなれば、自分の的外れな思考傾向がそうさせていたのだ。  男なら、強い人間にならねばならない。――でも、「強い」ってなに?  人としての「強さ」。その意味を真に理解していなかった少年は、結局「強がる」人間にしかなれなかった。  ただただ自分をよく見せたいから、少しでも他人より優位に立とうとする。  どうやって? ――人を見下して。  そんな奴、嫌われて当たり前だ。  これじゃダメだと、薄々勘づいてはいた。しかし、どうしていいか分からなかったのだ。  だって「強い」つもりでいた自分を、誰も受け入れてくれなかったのに、「弱い」自分なんて、どんな扱いを受けるのか――。  晴馬少年にとっての世界は、敵意と嘲笑だけが渦巻く暗闇だった。 「でも倫さんは、かっこ悪い俺を『可愛い』って言ってくれたでしょ。もしかしたら冗談とか、ふざけて言ったのかもしれないけど、俺はすごく嬉しかったんだ」 「ふざけてたわけじゃないよ! 本当に可愛いと思ったから。でも、そんなに深い意味で言ったわけでもないの……」  自分がなにげなく発した言葉が、晴馬に大きな影響を与えていたなんて。しかもそれをすっかり忘れていたなんて。  自分があまりに無責任な人間に思えて、倫はしゅんと肩をすぼめた。 「ううん、それで良かったんだ。ありがとう。で、カッコつけるのやめた。例のいじめの件も、親と先生に泣きついた。数少ない友達にも。――みんな、助けてくれたよ。で、まるっと解決。おかげで世の中は俺が思っていたよりずっと親切で、良い人が溢れてるって知った。本当に俺、なにを見てたんだろうね」 「良かった……!」  人は頼ってきた相手を、そうそう邪険にはできないものだ。全員が全員、助けてくれるわけではないだろうが、例え一人でも二人でもいい。自分の苦しみを知ってもらうだけでも、ずっと楽になる――。 「そのあとは自分を変えようと頑張ったよ。以前よりも勉強に励んだし、苦手だったスポーツにも挑戦してみたりして。ね、逞しくなったでしょ」  晴馬は腕を曲げ、力こぶを作るようなポーズをした。 「身なりにも気をつけるようにして、メガネはあんまり似合ってなかったからコンタクトにしたし。そして、色んな人たちと話をして……」  そういった努力の結果、作り上げられたのが、今の晴馬というわけだ。 「日比野くん……」  今夜の慰労会で、演台に上った晴馬を前にしたときと同じく、倫は再び母親のような気持ちになった。 「がんばったねえ……!」 「いや、まあ……」  晴馬は照れているようだ。 「あ、そうそう、あとね。実は俺、あのあと倫さんの部屋を、何度か訪ねたんですよ」 「うそ!?」 「本当。――あれから女の子とつき合ったりもしたけど、あの夜の初体験が強烈過ぎて、忘れられなくて……。いつもすぐダメになっちゃう」 「ご、ごめんなさい」  当時の暴れん坊ぶりを思い出し、今更ながら恥じ入って、倫はヘコヘコ頭を下げた。 「でも、うちに来て、どうするつもりだったの? 文句を言いに来たの?」 「ぶっちゃけ、あなたともう一度セックスしたかったんだ。――だからこそ、あなたには会えなかった」 「なんで……?」  晴馬は立ち上がると、数歩先にあるコーヒーサーバーに向かった。二人分のコーヒーを淹れながら、ぽつりと倫に問いかける。 「もし真っ正面から、『もう一回やらしてください』ってお願いしたら、あなたはさせてくれた?」 「……ちょっと無理かな、それは」  遠慮がちな倫の拒絶を聞いても、晴馬は気を悪くした様子もなく頷いた。 「そうでしょう。多分、断られると思ってた」  十年前のあれは、あの状況でしか起こり得ない、ちょっとした事故のようなものだったのだ。  晴馬は戻ってくると、倫に紙コップに入ったコーヒーを渡した。 「それでね……。倫さんの部屋に何度か通ってるうちに、あなたがどこの会社に勤めてるのかも知ったわけ。後をつけてね」 「ちょっと! それ、ストーカー!」 「ははは。あなたが俺の童貞を奪った罪と相殺ってことで」  そう言われてしまえば、責めることもできない。倫は苦虫を噛み潰したような顔でコーヒーを飲んだ。 「もう……。でもそれでまさか、うちの会社に入ったわけ?」 「うん。倫さんがどんな人なのか、知りたかったんだ」 「そんなことで進路決めちゃって……」 「技術者になりたかったのは元々だよ」  涼しい顔でコーヒーを口に運ぶ後輩を見て、倫はため息をついた。  できの悪い通知表を、受け取った気分だ。 「つまんない女だったでしょ。本当は私も、君に偉そうなことを言えた立場じゃないの」  晴馬は答えず、微笑んでいる。紙コップの中身を飲み干してから、倫は先ほどから気になっていたことを尋ねた。 「そういえば、復讐って?」  話をしている限り、どうもそんな恐ろしげな仕打ちをされるほど、恨みを買っているようには思えないのだが……。 「ああ、それね。――俺もあなたにいつか、『可愛い』って言ってやりたいと思って。それが俺の復讐」 「えっ……?」  きょとんと目を丸くする倫に、晴馬は一気に畳み掛けた。 「なににでも一生懸命取り組んで、いつも穏やかに笑ってるところが可愛い。かゆいところに手が届くような、細やかな配慮ができるところがカンペキ可愛い。メンバー全員を気遣って、話しかけてくれるのがヤサシイ可愛い。仕事はほぼ完璧にこなすのに、時々なぜかどうでもいいミスをして、めちゃくちゃ凹んでるところがアホ可愛い」 「うっ……」 「俺は、あなたが可愛くて可愛くて、仕方がない。――そういうことを言えるような男になりたかったんだ」  なんと返していいのか分からず、倫は顔を赤くして俯いた。 「なんかそれ……仕事の疲れが吹っ飛ぶ。復讐っていうか、単なる癒しだわ」 「そう? じゃあ、これからずっと、倫さんが望むだけ言ってあげる。――大好きだよ」  晴馬の笑顔が、あの夜の少年の仏頂面と重なる。  ここに来てようやく倫の胸は、ドキドキと激しい鼓動を打ち始めた。 ~ 終 ~
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