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閉じ込められた二人
歩きながら会話すると、普段よりも物事の整理がつきやすくなる。特にこんな時は、とても。
「俺は尾府手崇。いやあ、参ったよ。君がいてくれなかったら、こんな時どうしていいか分からなかった」
誰もいなくなってしまったショッピングモールで、背広を着た男と小柄なみすぼらしいフードの男は並んで歩く。
何も話さなくなった小柄な男、日江あさは不気味と言うより気まずさを感じており、話す言葉が見つからないようだった。
「あ、あんた、何してんだ」
ようやく話したと思えば、暇を持て余した尾府手が二階のおもちゃショップに寄った時だった。
店の入り口に山積みになったテディベアをむんずと掴み、しげしげ眺めている。清潔な見てくれとは異なる粗野で無遠慮な動作に、日江は戸惑った。
「これってさ、そんなに良いもんなのかな」
ポツリと呟き、尾府手は隅々までテディベアを観察する。
「はあ。ど、どうなんだろ」
分からないなりに答える日江に、尾府手は内心安心した。日江は、全く話の通じない相手ではないらしい。
「店員にさ、人気のヌイグルミはこれだって言われたんだ。俺、あっちのやつ買おうとしたんだよ。奥の棚のね。でも、手触りぐらいで、大して変わんねえな」
「あんた、ヌイグルミ買いに来たのか」
訝しげな日江の視線に、尾府手は彼からの誤解をを察する。
「違うよ。娘の為にね」
娘、その言葉を言うのに数秒の間があった。日江は気づかないだろうが、尾府手の中で娘という言葉は胸の中に重石のようにのし掛かる。
ここ五年も会っていないから、小学校一年生だろう。娘は熊のヌイグルミの手触りの違いが理解できるような子になっているのだろうか。
「あんたさ、俺のこと舐めてるだろ」
日江がボソリと言う。
突如緊張が走るが、日江の手には拳銃はなかった。
体を起こして目覚めた時、日江がリュックサックに拳銃を直したのを盗み見ている。今は、大事なものを抱えるように荷物を胸で抱いていた。
小柄だからとは言いたくないが、顔立ちの幼さから子供を苛めている気になって居たたまれない。彼は一体幾つなのだろう。
「君が武器を持っているのは重々承知しているよ。いや、それでも緊張感が足りなかった。謝るよ」
尾府手は出来るだけ日江の神経を逆撫でないように心掛けた。そのお陰か、日江は暗い瞳でじっとこちらを見て攻撃はしてこない。
「謝られたって、ここから出られる訳じゃない。こちらこそ悪かった」
あまりに素直な反応に今度は尾府手の方が面食らう。幼い、という印象が一変に覆る。彼は思ったよりも利口で、それなりの経験を積んだ社会人だ。
「い、いや」
尾府手はチラリとリュックサックを見た。あの中には、拳銃以外の武器があるのだろうか。拳銃だけでショッピングモールを制圧しようとは考えまい。
「この中には爆弾が入ってる」
視線に気づき、日江が説明を添える。
尾府手の頬がひきつった。
「そ、そうなんだ」
日江の口の片方が上がった。そして、尾府手のだらりとした腕を掴み、無理やり手を掴む。握手のつもりなのだ。決して対等だと示すためではない。
「宜しく。俺は日江あさ。一緒にここを出ましょう」
無事脱出できたら、この男はオーシャンモールをどうしようというのか。
尾府手は考えたくもなかった。しかし、心の奥ではずっとここにいてもいい気がしてきたのだ。あの無味乾燥な冷たい現実の世界から、永遠に遠ざかれたら。なにも考えず生きてこれた温い幸福は、もう自分にはもうない。
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