20人が本棚に入れています
本棚に追加
こわれたおもちゃの兵隊さんの絵本 ＊
「へいたいさん、げんきでね」
こわれたおもちゃの兵隊さん。
金色ボタンに真っ黒長靴、でも全身傷だらけ。
兵隊さんの持ち主だった男の子は、去っていってしまいました。
兵隊さんが置いて行かれたところには、段ボール箱の山が、うずたかく積み上がっています。
兵隊さんは考えます。
「よし、この山を登ってみよう」
段ボール箱の山をえっちらおっちら。
片手がなくなっていた兵隊さんですが、もちまえの勇敢さで、登りきることができました。
頂上にあったのは、片面の開いた、小さな段ボール箱です。
そのなかにいたのは、ぬいぐるみの女の子でした。
片目にばんそうこうを貼っていて、肩からは綿がはみ出しています。
女の子は、兵隊さんに挨拶してくれました。
「こんにちは」
兵隊さんも女の子に挨拶して、隣に座らせてもらいます。
「その目、どうしたんですか？」
「なくなっちゃったの。だから、このあたりにあったガムテープを自分で貼ったの。あのね、恥ずかしいからあまり、見ないで」
兵隊さんは女の子に言いました。
「あなたはとても綺麗ですよ。黒いボタンの目は冬の夜空のようだし、肩の綿は天使の羽みたいだ」
「ふふ、お上手ね」
女の子は笑って言いました。
段ボール箱の外では、いつのまにか雨が降り出していました。
まるで絹糸のような細い雨粒に、外の世界は白く煙っています。
「何も見えないね」
「本当に、外の世界が何もないみたいだ」
「この家、いつまでもつかな」
「雨漏りがしたら、僕があなたを守りますよ。僕の体は木でできているから、ちょっとの水ぐらいへっちゃらだ」
「ふふ」
女の子はまた笑います。嬉しそうで、でも少し寂しそうな声で。
「でもね、ゴミ収集車が来たら……。あのね」
女の子は、少し黙ります。
「私もう、生まれてから二十年になるの。だからもう、私はいいの。だけど、あなたは？」
「僕は、八年です。きっとそうだ」
「え、何が？」
「持ち主から愛されて時間を過ごすと、おもちゃの心は美しくなるらしいですから。だから、あなたの心も美しい。そうでしょう」
やがて雨が止みかけた、その時でした。
「お父さん、何これ？」
「ふむ、どれどれ」
兵隊さんの体は、不意に伸びてきた大きな手に掴まれてしまいます。
ゴミ捨て場のそばを通りかかった親子、そのお父さんに抱えられ、兵隊さんはゴミ捨て場から連れ去られそうになっています。
「いやだ、待って、あの子も一緒に連れてって！」
兵隊さんはそう叫びますが、出会ったばかりの親子にはその言葉を聞くことはできません。
お父さんの手から逃れようとする兵隊さんには、女の子が叫んでいるのが聞こえます。
「いいの。おもちゃは新しい持ち主から愛されれば、また新しい心を持てる。悲しい思い出も忘れられる」
兵隊さんは必死で叫び、手を伸ばします。
「いやだ！ あなたと一緒ならどこにでも行く、焼却炉の炎だって怖くない！ 灰や煙になってだって、ずっと一緒にいたい！ 一緒でないならどこにも行かない！ 行きたくない！」
遠ざかっていく兵隊さんに、女の子は手を振りました。
「いいの、これでいいの。さようなら、元気でね」
後には、段ボール箱の家にぬいぐるみの女の子だけが一人残されました。
紙でできた壁はだんだんと湿ってきて、雨漏りがしてきています。
女の子は考えます。
兵隊さんは、あの子は知っていたんだと。ゴミ収集車に運ばれた先に、どんなものが待っているかを。それを知っていて、あの子は最後の最後まで一緒にいてくれようとしていたんだと。
女の子の目からぽとりと、水滴が一粒だけ落ちました。
それは、たぶん天井から滴ってきた雨漏りから落ちてきたものだったのでしょう。だって、ぬいぐるみは涙を流さないのですから。
最初のコメントを投稿しよう！