7章7話 即位式と、展示会と、政治会合 *

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7章7話 即位式と、展示会と、政治会合 *

【新帝国歴1135年12月29日 ヨハン】  展示会の会場は、色とりどりの衣装を身に付けた女性たち、それからそのお付きの男性たちでごった返していた。 「大成功ですわね!」  傍らの女、1つ歳を取って今は17歳の、侯爵令嬢にして売り出し中の服飾デザイナー、ヴィルヘルミーナ・フォン・リンスブルックは頬を紅潮させている。 「ああ」  俺は曖昧な返事をして、展示会の様子にまた視線を戻す。  年末が近づいていた。新大公の即位式に招かれて、俺たちはヴォルハイム大公国を訪れていたのだ。と言っても、招かれているのはリヒャルト公爵とヴィルヘルミーナで、俺はあくまで公爵のお付きとして参加しているだけだったが。  即位式自体はつい先日終わったが、大公国はお祭り騒ぎで、あちらこちらで催し物が開かれているようだった。そして、このヴィルヘルミーナのドレスの展示会も、その催し物の一つだった。  この展示会の開催をヴィルヘルミーナに助言したのも、俺の姉のアリーシャだ。 「貴族の方々に向けた商いはこれまで、重々しさを重視していて、衆人の目に商品を触れさせるなんてことはしてきていません。でも流行に敏感な若い女性の心を捉えるには、こういったアピールの機会を活用していかなくては」  そんなことをアリーシャは言っていた。 「そういう大金持ちに訴えかけるには、舞踏会の参加者にでも着てもらった方がいいんじゃないか? こないだみたいに」  そう口を挟んだのは俺だ。 「いい質問だけど……ヴィルヘルミーナ様が、即位式の参加者と交渉して、シェアを即座に、大幅に奪えるとまでは思えないわ。他の業者もそれぞれ工夫を凝らしていることでしょうし。舞踏会でのアピールはヴィルヘルミーナ様ご自身に行っていただくとして、それとは別に顧客への直接のアピール機会を作るべき。それがこの、展示会ってわけ」 「……客層が不安だな。展示会には色んな種類の人が訪れるだろうし、そこに来る人々にヴィルヘルミーナのドレスが買えるのか?」  俺は頭を掻く。アリーシャの答えはこうだった。 「これは、あくまで宣伝活動。展示するドレス自体は高くても、売り物まで同じでなくてもいい。それに、大事なのは盛り上がり。皆が夢中になっていれば、大枚を叩いてもこの視線を独占したいと思うお金持ちだっているはずよ」  展示会の目玉は、ヴィルヘルミーナのドレスを着けた女性たちが、人々の前を歩いて見せるという趣向になっていた。どこから連れてきたのかと思うような見目麗しい女性たちだが、下品な意図を疑われないように、衣装の選択や展示の仕方、観客との距離、女性たちの表情や歩き方にも気を配っていたらしい。果たして目論見は成功し、彼女らを目にした観客の女性たちからはうっとりしたような溜め息が聞こえてくる。 「本当に素晴らしいですわ! ねえヨハン。アリーシャ様は、どこからこんな知識を得たんですの?」  感嘆の声を上げた後、ヴィルヘルミーナは首を傾げて、俺に向かってそう尋ねる。俺は頭を掻いた。 「俺にも、よく分からん」  そう言いながら、俺はアリーシャとの、何ヶ月か前の会話を思い返していた。アリーシャが同じアリーシャなのか、俺が問い質したあれだ。  それから、別の会話についても。つい昨日、このヴォルハイム公国で開催された政治会合の場での会話を、俺は思い返しているのだった。 【新帝国歴1135年12月28日 ヨハン】 「『災厄』の脅威は取り除かれた。『災厄』の終焉とともに『遺構』は崩壊したが、この地上から消えてなくなったわけではない。『遺構』を支配下に置き、その所産を人間の幸福に役立てることは、志半ばで斃れし我が父、その悲願でもある」  そんな風に語っているのは、御歳十歳になられるという若きヴォルハイム大公、アルトゥルだ。短い金茶色の髪に、あどけない顔立ちをしているが、引き結んだ唇は厳めしさをたたえている。  それを見守るのは我らが主君にして我が姉の夫たるリヒャルト公爵だ。公爵はしばらく黙っていたが、慎重に口を開く。 「問題は、そこにあるのが破滅的な兵器であろうことです。『災厄』は容易に人類を滅ぼし得た。それが停止したのは、いくつもの幸運が積み重なってのことです。それらの兵器を手にしたところで、人間の手には余るのではないでしょうか」  リヒャルト殿下のそんな言葉に、硬い表情で視線を落とすヴォルハイム大公。すると、その隣に座っていた人物が、彼に耳打ちをする。大時代な甲冑姿の長い髪の人物で、背は相当高いがよく見ると女性のようだった。  ヴォルハイム大公国の摂政で、亡き前大公の双子の妹で、名前はツィツェーリア、などと、俺はその人物について思い返す。  彼女の言葉を聞き、それから何か返答を返したのちに、ヴォルハイム大公は口を開く。 「……弱腰だな、ランデフェルト公。そこに破滅的な兵器があるとするならば、なおのこと我々が先に手に入れねばならない。敵の手に渡ればそれこそ待つのは破局のみだ」  そんな大公の言葉に、リヒャルト殿下はさらに考えこんでいる様子だった。 「……それは、否定しかねます。私が主張するのは、ただ慎重に。遺構からの技術発掘は、管理体制の構築と同時に行わねばなりません」  大筋では同意ということなのだろうか、会議の雰囲気は激論が交わされるよりは、慎重に詳細を詰めていくような流れに移行しつつある。  即位式が終わって三日後のことだった。ヴォルハイム同盟の意志決定主体である『七人委員会』が開催され、ランデフェルト公リヒャルトもその席に加わっていた。元々はこの委員会では末席だったランデフェルト公も、『災厄』の最終的解決において功があったため、今では発言力は決して低くないようだ。  俺はといえば、リヒャルト殿下の背後のボックス席からその様子を眺めている。会議に参加する主君を見守り、必要に応じて補佐するためにこの場所に詰めているが、特に仕事が発生するわけでもないので、ただ会議の様子を観察するだけに終始している。技術相談役というのが俺の肩書きで、元はアリーシャが就いていた立場との同じとのことだ。身重のため、アリーシャは今回は一連の式典を欠席している。  傍らの人物が身動きする気配に、俺はそちらの方を向く。エックハルト様だ。  エックハルト様は険しい顔で、終始この会議を見守っていた。感情の籠もらない冷淡な表情だが、眉間には皺が寄せられている。 「何か、問題でも?」 「何ですか?」 「会議の成り行きに、あまり納得がいっていない様子ですが」  俺はそう尋ねてみる。  公爵が遺構探索への大筋での同意を口にした瞬間、エックハルト様の顔が歪んだように、俺には見えたのだ。 「……私は、あなた方とは違いますから。技術的な詳細のことは分からない」  エックハルト様は足を組み換えて、そう口を開く。 「後戻りできない道に踏み出していいのかと、そう思っているだけですよ。我らが主君の仰る通り、我々が救われたのはいくつもの幸運に助けられてのことで、それ以外ではない。人間の文明がそれを扱えるほど成熟しているのか……彼女がそれを、我々の目からは隠しておくことを選んだのだとすれば」  普段は口の立つエックハルト様らしくなく、考え込みながら訥々と言葉を探している様子だった。だが、最後の言葉は俺には引っかかる。 「え?」 「あ……いえ。すみません。何でもありません。ヨハン殿には関係のないことです」 「……そうですか」  そう俺は答えたが、納得は行っていない。少し迷ったものの、俺はそれを口にすることにする。 「エックハルト様」 「何でしょうか」 「彼女って、アリーシャのことですか?」 「彼女とは?」 「だから、あなたのいうそれですよ。大遺構の文明を、人々の目から隠しておくことを選んだのは、アリーシャなんですか?」  それがもしアリーシャだとすると、俺にとっては奇妙なことだ。  リヒャルト公の意見は、『ただ慎重に』『遺構からの技術発掘は、管理体制の構築と同時に行わねばならない』ということで、発掘自体には反対していないのだ。とすると、アリーシャがそれを人々の目から隠しておくことを選んだとも、俺には思えない。  そしてどうも、齟齬があるのはアリーシャとリヒャルト公ではなく、アリーシャとエックハルト様の考え方の間であるような気が、俺はしている。  このエックハルト様、それからアリーシャ、あの大遺構で一体、何を見たんだろうか? 「…………」  エックハルト様は、眉間に手を当てて考え込んでいた。その風情に漂う憂愁の影が、俺には少し引っかかる。 「いや、まったく。本当にあなたは優秀な方のようだ。賢いし、それに鋭い。……参りましたよ」 「恐縮です」 「……しかしながら。それを私があなたに伝えていいこととは、私には思えないのです。私の責任の範囲を……それから、能力も超えている。だから」  それから、エックハルト様は俺を見る。以前よりも眼光の鋭くなった、その金色の目で。 「聞いてください。彼女に。アリーシャ殿に。しかるべき時が来たら、彼女も答えざるを得ないでしょう」
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