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「まだ少しだけいい?」
「うん、大丈夫だよ」
掴まれた手を下げて、でも離れてはいかない。
「穂高が言っていたことは全部本当。祐樹をずっと誘いたかったけど、照れくさくて言えなかった。日にちが近付いてきて焦りすぎてあんな誘い方になった」
「どうして照れくさいの?」
「俺だけが一緒に行きたいんじゃないかと思って」
「僕は真田くんに誘ってもらえて嬉しかったよ。今日も楽しかったし」
真田くんの手に力がこもる。握られた手から、少しの震えが伝わった。
「俺は祐樹が思っている以上に楽しみにしてたよ。30分も前に待ち合わせに着くくらい」
「えっ? 僕の着く直前に着いたんじゃなかったの?」
「楽しみすぎて早く着いたなんて恥ずかしくて言えないし。10分前ならおかしくないだろうから、その時間になるまで連絡しなかった」
僕もコラボカフェは楽しみだったから気持ちは分かる。最終日だし、次はいつやるか分からない。
でも真田くんのこれまでの言動や、顔に赤みが差していることを考えると、僕の楽しみと一緒ではないと察する。でも、とか、そんなまさか、とか僕の考えていることを否定する言葉ばかりがでてくる。だって相手は道ゆく人が目で追ってしまうようなほどカッコいい真田くんなんだ。
全身が熱くなってきた。握られた手は特に熱を持っている。
間違っていたら謝ろう。厚かましいと恥ずかしくなるかもしれないけど、このまま家に帰ると気になって仕方がないと思う。
大きく深呼吸をする。歯を食いしばって震える唇を止めた。あのね、と話しかけると声が掠れている。僕の緊張が真田くんにも伝わったようで、真田くんは強張った顔で目線を合わせた。
「真田くんは僕が好きなの?」
手が離された。真田くんは片手で顔を覆う。
……間違いだった? そう思って謝ろうとしたら、真田くんから微かな声が聞こえた。小さすぎて聞き取れなかったから聞き返す。
「そうだよ。祐樹がこのゲームやってるって知って、仲良くなるきっかけになればいいと始めた。穂高もやってるの知ってたから話したら、コラボカフェに行ったって話しかければ? って最初のコラボカフェは誘われた。待ち合わせ場所に行ったら本人がいるからめちゃくちゃ焦った」
そんな風には見えなかった。いつも通りの真田くんに見えた。……でもその頃はあまり真田くんについて知らなかったから、そう見えただけなのかもしれない。今はすごく真田くんが振り絞って話してくれているのが分かる。いつもより赤い頬や力の入った顎や強く握りしめて震えている拳で。
「真田くんは初対面の人とでもすぐに打ち解けられるのに、どうして僕にはゲームするまで話しかけなかったの?」
「何度も話しかけようとしたけど、その度に言葉が詰まって。共通の話題なら話せると思って、スマホが見えた時にこのゲームやってるって知って。俺は誰にでも話しかけられるけど、祐樹だけは無理だった。祐樹だから緊張する。話すだけでもそうなのに、初めて一緒に写真を撮った時は、自分から引っ付いておいて心臓が痛いくらいだった。でもどうしても一緒に写りたかった」
真田くんに伝えられる真実が容量オーバーで、上手く処理しきれない。僕は真田くんに好かれていた。今まで一緒にいて、ずっとそう思ってたの? どう返せばいいか分からなくて黙ってしまう。
「返事はしなくていいから。ごめんな」
悲しそうに笑って真田くんが改札を通る。
嫌なんじゃないと言いたいのに、足がすくんで追いかけられないし、声の出し方を忘れたように口を開いてもなんの音も発せられなかった。
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