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甲府まで
8つ年の離れた兄、時田俊太郎の運転する2トントラックは長野の山間の村から甲府へと向かい、今、高速道路に入ったところだった。10月の夜6時、辺りはもう暗い。僕は、スマホの記事を読んでため息をついた。
「兄ちゃん。「ブランドワーク」解散だってさ」
「お!まじ?やったじゃねえか!ざまあカンカン!豚やろうどもめ!」
鼻髭を蓄えた兄は高らかに笑った。愉快そうだ。そこには一点の曇りもない。兄は何をするにも快活だ。でも、僕は複雑な気持ちでいた。
「大輔、どうした?もっと喜べよ、お前」
「いや。でも」
「ブランドワーク」は男性5人組のダンスを得意とするアイドルグループだった。彼らは、この春まで人気の絶頂にあったけれど、東京ドームのライブでトラブルが起きた。入場を待つファンのチケットは電子チケットだったが、球場周辺で大規模な電波障害が発生し、チケットがスマホに表示されなくなってしまったのだ。運営は、急遽チケットの確認を取らず観客をドーム内に入れたが、本来入場できない多数の者まで中に入ってしまい会場はパニックに陥った。
「はっはは。大変だったな。でも、そっから先は俺らのせいじゃねえ。だよな。大輔」
「そうだけど」
ライブが台無しになった「ブランドワーク」のメンバーは、各々SNSでスタッフやファン、そして身内のメンバーまでもなじったのだった。そもそもグループ内の雰囲気は当時最悪だったらしい。それがこんなことで表に出た。SNSを読んだファンの多くはそんな彼らに失望し、雪崩を打って推しを辞めていったのだった。
「そもそもな。あいつらのやり方が気に食わねえ。ざけんなよな」
今はこうして兄の助手として働いている僕、時田大輔は3年前、アイドルとしてデビューした。「ブランドワーク」と同じ、5人組のダンスグループ。名前は「ブレンドワーク」。同日デビューの二つのグループの名前が似通っているのはパクリではなく、偶然だった。
「兄の欲目ってのはあるだろうけどな、でも、ぜってー、大輔のグループの方がイケてたぜ。「ブランドワーク」なにあれ、くそだっせえ」
実際、デビュー当時の評価は「ブレンドワーク」の方が上だった。歌唱、ダンス、キャラ、全てにおいて自分たちの方が上だと僕たちも自認していた。でも、それが面白くないのが、芸能界で圧倒的な力を誇る「ブランドワーク」の事務所だった。彼らは、あらゆるメディアに圧力をかけ「ブレンドワーク」の露出を削いでいった。その結果、僕たちの「ブレンドワーク」の仕事は目に見えて減少し、そしてついにグループは解散に追いやられたのだった。
「兄ちゃんには感謝しないとなんない。仕事もくれたし」
「なんのなんのだ。死んだじいちゃんの夢のためにはお前の力は必要。身内じゃねえといけねえしな」
芸能界を退き、僕が戻った場所は東京の自宅ではなく、当時、郷里で事業を始めるべくUターンしていた祖父、時田喜一の所だった。郷里に戻るなり病を得て祖父は既に病床の人だったが、そこには、東京の大学院で電波工学を専門に研究していた兄も、Iターンして住んでいた。
「まあ。電波障害を起こすなんてお手のもんだ。電波を全部こっちに回収しちまえばいい。いつもの延長」
「でも、それは本来の僕たちの目的と違うよね」
「だっはは。まあな。でも、そこはそれ。相手は「ブランドワーク」だ。どんな汚ねえ手を使ってもいい。俺はそう思ったね。お前のな、仇を討たねえと。正々堂々勝負できねえ奴らにはそれなりの手を使うに決まってんじゃん」
祖父は有名な電波工学者だった。そして、兄の俊太郎も、そんな祖父について大学院で電波について学んでいた。
そんな兄と僕は今年の春、このトラックに乗って東京ドームを訪れ、電子チケットを表示するために飛ばされた電波を、片っ端からトラックに回収したのだった。かくして、会場にパニックが起き、その結末として「ブランドワーク」は解散に陥った。
「じいちゃんは喜ぶかな、こんなことして。もし生きてたらさ」
「そんなこと気にしてたのか。お前、俺の気質が誰似かよく知ってるよな」
「じいちゃんそっくり」
「だははは。じいちゃんが生きてても俺と同じことしたと思うぜ」
そうなのか。そっか、確かにそうかもしれない。
「でも、兄ちゃん。もう止めよう、こんなこと」
「あったりめえじゃん。いつまでもやってられっか、こんな子供みてえな。でも、お前はどうなのよ。奴らの息の根を止めて」
「そりゃも」
「何?」
「いい気味。すっきりしたぜ」
「だろ。だはははは!」
兄は笑いながら、フロントガラスの手前に無造作に投げられていた、透明なビニールの中のものをちらと見た。
それは、先ほど製麺されたばかりの白いヌードルだった。
「これでよ。俺たちの村を活性化させんだよ。それがじいちゃんの夢」
「うん」
過疎化によって落ちぶれた村を活性化させるべく、祖父は大学を退任すると長野の自らが生まれた村に、兄と一緒に戻って来たのだった。二人は電波についての新技術の共同開発者だった。
「じいちゃんはすげえが、俺だって天才だからな」
「自分で言うほどのね」
「まあな。この麺、ぜってー使えると思ってじいちゃんに提案したんだ」
「うん」
祖父と兄が共同で研究していたのは電波の実体化だった。そもそも電波は目に見えない。それを目に見え、体積重量のあるものとして回収する技術を二人は研究していた。そしてある日、それは成功し、そして別のある日、兄は目の前の実体化した電波の束がうまそうだと、茹でて麺つゆにつけて食べてみたのだった。電波というものはごく細い。実体化しても肉眼では見えない。だからそれを束にして保存していたところ、そうめんのように見えたらしい。
「うまかったな。驚いたぜ。そもそも細い線がまとまって出来た麺。線束麺だ。前例がねえ。初めての歯ごたえ、のど越し。こりゃ売れると思った」
その麺に「時田麺」の名前を付けたのは祖父だった。祖父は、その数日後、静かに亡くなった。満足そうな死に顔だった。
「「時田麺」の製法はいまだに俺たちしか知らねえ。知られちゃいけねえ。これだけは絶対の秘密だ」
「うん。こうして夜な夜な、原料の電波を回収していることもね」
「ああ。だから身内のお前が必要なんだ。わかるよな」
「うん」
「まあ。電波を回収されたあたりの人にはすまねえと思うけどな、でもちょっとだ、ほんの数秒」
「毎晩違う場所で回収してるしね。長時間とどまらない」
僕の人生。
アイドルを目指し頑張って来た。そして、夢がかなって短い間だけれど活躍もできた。「ブランドワーク」の件については憎しみしかなかったけれど、こうして兄によって仕返しもできた。わだかまりはなくなった。
まっさらになって僕はここで新たな毎日を送っている。
「着くぜ。よろしくな」
「うん」
甲府盆地の灯りが見えてきた。
僕はスマホを作業着の胸ポケットにしまうと、助手席に備え付けられた電波回収用磁気発生装置の電源を入れた。
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