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123 体育祭の種目決め
「へー。周りも言ってたけど、体育祭ってマジでお祭りって感じですね」
机の対面にしゃがみ込んで、ニコニコしながら言ってくる伊緒奈に、
「そうですよ。あと、伊緒奈。周りって言いましたけど、同学年で仲良くなった人、いるんですか?」
課題を片付けながら聞いてみる。
「それなりに仲良くしてますよ? 心配してくれてるんですか? 嬉しいな」
「伊緒奈、そろそろ目に余るぞ」
ずっと左側に居た涼が、ドスを効かせた声で言うと、
「(良いでしょこんくらい。光海先輩を好きなのは分かるけど。まあ、好きだからこその反応だろうけど)」
伊緒奈がロシア語で、からかうような口調で言う。
「(お前マジで先輩を敬え。光海を好きなのは当たり前だろうが)」
涼、ロシア語、上達したよなぁ。
こんな会話を聞き流せるくらいには、私のスルースキルも上達したよなぁ。
そんなことを思いながら、課題を進める。あとちょっとで終わるのだ。
「色々と懲りないねぇ、伊緒奈くんよ」
私の後ろにいた桜ちゃんの呆れた感じのそれに、
「懲りないし諦めませんよ?」
伊緒奈はサラッと返す。
「下野くん。そろそろ戻らないと、次の授業始まるよ」
「そうだな、授業に遅れたら特待生としての評価も下がる」
涼のそばで苦笑してる高峰さんと、私の右隣にいるマリアちゃんの淡々とした言葉に、
「そうですね。そろそろ戻ります」
伊緒奈は立ち上がって、
「(あ、光海先輩。1個聞いていい?)」
タガログ語で尋ねられた。
「(何をですか?)」
終わらせた課題の見直しをしつつ、一応、聞いてみる。
「(体育祭、種目、教えてほしいなって)」
満面の笑みだなぁ。
「(光海、なんだって?)」
涼がフランス語に切り替えた。涼はまだ、タガログ語を上手く扱えない。
「(体育祭で出る種目、教えてほしいそうです)」
フランス語で答えたら、
「(聞いてどうすんだ? 伊緒奈)」
涼はロシア語に戻って、伊緒奈を軽く睨みながら聞く。
「(別に? 知りたいだけだし。応援できたらなって)」
伊緒奈はロシア語で言ったあと、
「(そんで、何に出るの? 光海先輩)」
またタガログ語に戻す。
えー、これ、教えて良いのかな。でも、隠すことでもないよ、ね?
「(一応、借り物競争の予定ですよ)」
「光海」「(へぇ、借り物競争か)」
伊緒奈は興味深そうな笑顔になって、
「(いいこと聞いたよ。教えてくれてありがと、光海先輩。そんじゃ、戻るね)」
ロシア語で言って、教室をあとにした。
◇
「なんで教えたって言いたいけど。光海の考えも尊重したいしな」
お昼の、食堂で。涼はちょっと不満そうな顔で、複雑そうに言う。
「教えるの、やっぱり駄目でした……?」
「駄目っつーか。伊緒奈、借り物競争は絶対選ばねぇぞ。他の種目なら協力できても、借り物競争だし。被らないようにしたいだろうからな」
そ、そんな思惑が……。
「みつみん。みつみんが悪い訳じゃないけどさ、もうちょい狙われてる自覚、持ったほうがいいよ」
桜ちゃんに諭すように言われて、
「き、気を付けます……」
もう少し、気持ちを引き締めよう。うん。
「それにしても下野くん、上手く立ち回るようになったね。積極性は失くしてないけど、周囲もよく見てる」
高峰さんが、苦笑しながら分析結果を述べる。
因みにマリアちゃんは、映画撮影でお昼前から学校を抜けている。学校側もちゃんと理由を把握してるので、フォロー体制も組まれている。
「マジ、どんどん小憎たらしくなってるよ、アイツ」
そう言った涼が、食べるのをやめて、スマホを取り出した。
「……。マジで小憎たらしい」
涼は顔をしかめて、スマホを素早く操作して仕舞うと、食べるのを再開する。
「えーと、涼。もしかして伊緒奈からです?」
「まあな。俺の出る種目聞いてきたわ。同じ青だけどライバルなんでってな」
お、おおぅ……。
「ですけど、涼なら負けないのでは?」
50mを6秒切るし。
「その辺も考えてんだろ、伊緒奈は馬鹿じゃねぇし。馬鹿じゃねぇから面倒なんだけど」
「私はちゃんと、涼を応援しま、ちゃ、するよ」
「(……可愛すぎて抱きしめたい。食べてるから我慢するけど)」
「(あとでしますか?)」
……あれ、涼がなんか、さっきと違う感じの不満顔になった。
「(簡単に言わないでくれ。だいぶ抑えてるからな、これでも)」
「(え、すみません?)」
「(謝るな。抱きしめたいのは本当だから、光海が良ければ帰りに抱きしめさせてくれ)」
「(分かりました)」
それで、バイト先の最寄り駅でめいっぱい抱きしめられて、私も涼をめいっぱい抱きしめて。
バイト先まで送ってくれました。
◇
なんかスマホに来たな、と家で予習復習をしていた高峰は、それを確認する。
相手は桜からで、
『体育祭の時さ、みつみんと橋本ちゃん、守んない? 伊緒奈くんも青だけどさ』
と、いうもの。
自分の周りは友達思いだらけだな、と高峰は感慨深くなりながら、
『そうだね。賛成』
と送る。すぐに既読が付いて、Thank you! とスタンプが来た。
お辞儀のスタンプを返した高峰は、スマホを閉じながら、
「橋本と成川さんには、色々恩もあるしなぁ」
去年のことを思い出す。
ギターをまた弾けるようになったこと。
友達に戻れたこと。
誰にも話せなかったことを話せたこと。
自分の夢を後押ししてくれて、様々に手助けしてくれていること。
「下野くんには悪いけど、二人には幸せになって欲しいし」
高峰は呟いて、予習と復習に戻った。
◇
今日は、体育祭の種目を決める日だ。
「じゃ、それぞれ最低1個、記入して下さい」
体育祭実行委員の言葉で、みんながざわざわと動き出す。
「橋本、また50mとか出てくれよ」
「そのつもりだよ。大体去年と一緒のを選ぶ予定」
「高峰もいるし橋本もいるし。青、いいトコまでいけんじゃね?」
「だと良いね」
涼と高峰さんと他のクラスメイトのやり取りに、去年と全然違うなぁ、馴染んだなぁと心をあったかくしながら、借り物競争に名前を書く。
「みつみん、ホントにそれにするんだね」
「え? なんか駄目なの?」
「んやぁ、やっぱり変えたって、伊緒奈くんに一泡吹かせられんかなって」
桜ちゃんよ……。
「んー、でもこれ、涼からのお願いでもあるし」
「あ、そうなの?」
桜ちゃんは障害物競走に名前を書いて、こっちを見た。
「うん。ちょっとこう、理由をつけて──」
「(光海、恥ずいからやめてくれ)」
「(そうですか?)」
そっちを見れば、涼はまだホワイトボードに名前を書いていた。
「(嬉しいけど恥ずいから。嬉しいけど)」
名前を書き終わった涼は、そのままこっちに来て、顔を寄せてきて、
「(俺の希望を叶えてくれんのは嬉しいけど、やっぱお前の一挙手一投足は俺を殺しかねないんだよ)」
真剣な顔でそう言って、席に戻ってく。
「うん。仲が良くて何よりだよ」
……桜ちゃん……微笑ましい感じで言わないで……。私、今、絶対顔赤くなってるから……。
とまあ、その、えー……そんなことがあったりしつつ、種目決めはスムーズに終わった。
涼は50m走、100m走、400m走、走り幅跳び、ハードル走。
高峰さんは50m走、100m走、バスケットボール。
桜ちゃんは障害物競走だけで、私も借り物競争だけ。
マリアちゃんは去年と同じで、50m走とバレーボールに出るんだそうだ。
そして伊緒奈も報告しに来て、サッカー、バレーボール、バスケットボールと卓球に出ると知らされた。
「へぇ、高峰先輩もバスケなら、バスケだけでも見て下さいよ。(ホントは全部応援してほしいけど)」
と、にっこり言われてしまって、
「まあ、同じ青ですしね」
涼の様子を窺いながら、そう答えた。
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