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122 平和な三人、火花を散らす二人、色々ありつつも平和な三人
「修学旅行、もう既にワクワクしてる」
コーヒーチェーンでカフェラテ片手に、桜ちゃんが楽しそうに言う。
「だね。伝統衣装、桜ちゃん楽しみにしてるもんね」
「レポートの内容もOKもらったしな」
私とマリアちゃんのそれに、
「ホントまじそれ。私のお願いを受け入れてくれた皆様に感謝」
桜ちゃんは、また楽しそうに言って、カフェラテを飲む。
桜ちゃんは、ファッションデザイナーを目指している。修学旅行先をアジアコースにしたのも、あまり触れられないアジアのファッションに触れたい、という桜ちゃんの希望をもとにして選択した。
今日は、そのレポートの内容の最終決定をして、動機と共に提出、というのがあったのだ。
レポートの内容は例年大体、歴史や伝統についてが多いからか、すんなり通ってくれて一安心。
「一緒に着ようね! メイクもね! 画像も動画も撮りまくろうね!」
ワクワクしたままの桜ちゃんに、私もマリアちゃんも同意した。
体育祭もだけど、修学旅行も楽しみだなぁ。
◇
「(涼先輩、光海先輩の誕生日、教えてくださいよ)」
離れた場所に座っていたのに、わざわざ隣に座り直してきた伊緒奈が、ロシア語で涼へ、投げかけてきた。
「(なんで俺が教えなきゃならないんだよ)」
会話だけなら、ロシア語をそれなりにものにした涼は、簿記検定の本から顔を上げずに答える。
「(だってさ、光海先輩はアンタに止められて教えてくれないし。涼先輩から聞くしかないでしょ?)」
伊緒奈も、今日受けたらしい小テストの復習をしながら、そんなふうに言う。
「(だとして、俺が教えると思うか?)」
「(いいじゃん。誕生日くらい。ケチな恋人だな)」
学校の図書室の学習スペースで、目を合わせない火花が散る。
「(俺が教えるなって言ったって、光海が本当に教えたいと思ってたらとっくに教えてんだよ)」
「(恋人だから、光海先輩のこと分かってますアピール? それ。強気だなぁ)」
「(なんとでも言え。簡単に挑発に乗ると思うなよ)」
涼の言葉に、伊緒奈はせせら笑うような口調で、
「(もう冷静じゃないじゃん。短気な恋人はすぐにフラレるよ? 涼先輩)」
「(特に短気でも無いしフラレる気もない)」
涼は言いながら、簿記の勉強を続ける。
「(まあねぇ、今のところはフラレないだろうな。光海先輩、じっくり攻めてったほうが落とせそうだし)」
小テストの復習を終えた伊緒奈は、そのまま教科書に目を通しながらなんでもないことのように言う。
「(……お前、なんでそう光海にこだわるんだよ)」
「(ラインで言ったじゃん。落とされたって。忘れた?)」
「(どうして落とされたかを言えよ)」
「(涼先輩が落とされた理由、教えてくれたら教えるよ)」
涼は、伊緒奈に横目を向ける。教科書をペラペラめくっていく伊緒奈は、楽しそうな顔をしていた。
「(お前、そのスピードで読めてんのか?)」
「(ちゃんと頭に入れてるよ? そっちこそ簿記の勉強進んでる? よそ見なんてしてさ)」
教科書から目を外さずに言ってくる伊緒奈に、
「(ちゃんと進んでるから安心しろよ)」
涼は手元に視線を戻しながら言って、スマホの電卓を操作する。
「(いいなぁ涼先輩。光海先輩と同じクラスでさ。ほぼ毎日一緒に居られる訳じゃん。恋人だからデートとかもすんでしょ?)」
「(だったらなんだよ)」
「(光海先輩を独り占めできるでしょ。堂々と。恋人特権羨ましいな)」
教科書を最後まで読み終えた伊緒奈は、別の教科書をめくり始める。
「(恋人でも無いのに、そういうことを堂々と言うお前に呆れが来るわ)」
「(恋人になりたいしね。ライバルの精神は削らないと)」
「(こちとら先輩だぞ。少しは敬え)」
「(先輩だけどライバルだし。俺なりの敬い方だよ)」
伊緒奈は、教科書をペラペラめくりながら、
「(光海先輩のバイト先のお店、マジで行列できてて笑っちゃった)」
「(お前、マジで行ったのか)」
「(行ったよ? 来ていいって言われたしね。けど、光海先輩居なさそうだったから、中には入らなかったけど)」
伊緒奈が先日、3-Bに顔を出した時、光海たちは『le goût de la maison』の混み具合の話をしていて、
『光海先輩バイトしてるんですか? (そこ、俺も行っていい?)』
そう言って話に混ざり、光海のバイト先を把握した。
『まあ、普通に食事するだけなら、来てもらって構いませんが。今、とても混んでるので、そのあたり覚悟して下さいね』
光海は少し困った笑顔で、店の状況を話したのだ。
「(良いなぁ。光海先輩に接客されたい)」
「(呆れを超えて尊敬したくなってきたわ。お前の態度)」
「(尊敬してくれて構わないよ? 涼先輩が引っ込んでくれたら、堂々と口説けるんだから)」
◇
「すげぇなその下野って奴。ある意味勇者じゃん」
五十嵐がギターを弾きながら、呆れ顔で言う。
「結局弾きながら話すんだなお前。お前のが可愛げあるわ、恋愛1年生だし」
そんな五十嵐に、更に呆れる涼に、
「愚痴を聞いてやっただけでも感謝しろ。俺は耳を塞がなかった」
五十嵐は言いながら、爆音でギターをかき鳴らす。
「うるせぇぞ恋愛1年生」
「ここは音出していいんだよ」
「ほら、はい。二人とも落ち着いて」
高峰は苦笑しながら、
「成川さんが心配なのは分かるけど、」
「心配とかではない」「心配っつーか、伊緒奈が苛つくっつーか」
真顔で答えた五十嵐と、ため息を吐きながら言った涼を見て、困り顔の苦笑になり、
「けどさ、下野くんはなんとか抑えてるんだし。彼もそんなに無謀なことはしてきてないし。一旦切り替えよっか」
そう言って、ギターを爪弾いた。
三人は今、カラオケ店にいる。三人でのコラボ動画が好評だったことを受けての、またコラボをしよう。というのと、オリジナル曲の本格的なブラッシュアップに取り掛かるために、周りを気にせず音を出せる環境を、ということで集まった。
「じゃあ、先に俺から。送られてきた曲、聴いたけど。俺は良いと思うけどな。あとどの辺が気になるんだ?」
オリジナル曲のアドバイスをすることになっている涼の言葉に、
「まずさ、具体的にどこがどう良かったか教えてくれよ、キハル。アドバイザーはこっちの気持ちを押し上げてくれる存在なの」
本当に切り替えたらしい五十嵐が、音量を戻しながら聞いてくる。
「僕も聞きたいな、具体的な話。良かった所でも、気になった所でも」
録音とメモの用意をした高峰の言葉も受けて、「じゃあ」と涼は、送られてきた曲を再生する。途中途中で、ここの歌詞が良かった、や、ここの音がカッケェ、など、停止させながら感想を述べていく。
そして、曲が終わり、
「こんな感じで良いか?」
「おうマジで良い所しか言わねぇじゃん。勉強にはなるけど」
五十嵐は面白がるように言って、
「いや、参考になるよ、橋本。こっちが想定してた指摘箇所もあるし、それほど気にしてなかった部分を良いって言ってもらったりしたし」
高峰は興味深く述べる。
「これ、大元は高峰の曲だって分かるけど。結構大幅にアレンジ、ブラッシュアップしてるよな。曲と歌詞、二人でどう分担したんだ?」
涼の問いかけに、
「曲は半々で俺とジョン・ドゥだな。歌詞はほぼジョン・ドゥ。音程とか韻とか気になったトコは俺も口出してるけど」
五十嵐はごく当然、といったふうに話し、
「そんな感じだね」
高峰も素直に頷く。
「……弟がマジで更生してて、お兄さんも一安心だな」
「うるっせぇ黙れキハル。今アイツは関係ねぇ」
涼の言葉に、五十嵐は苦々しく顔を歪める。
五十嵐は涼に言われ、というか、光海を引き合いに出されて半分脅されるようにしながら、一度だけ兄に連絡を入れた。五十嵐の兄──弘行は、それに返事をくれて、
『久しぶり。連絡くれて嬉しいよ。今、どうしてる? ちゃんと食べてるか?』
返事が来たことと、自分を気に掛ける言葉に五十嵐は動揺し、涼に『嘘だマジキモいコイツの頭ん中が分かんねぇ助けろ』と、SOSを出してしまう。
涼は内心、子供か、と思いながら、
『落ち着け。どうしてるか聞かれたなら、今のお前をそのまま伝えろ。ちゃんと食べてるかも伝えろ。あと定期的に連絡を取れ』
動揺したままの五十嵐は、それに従ってしまって。
結果として、他の家族はともかく、兄とは時々やり取りをするようになった五十嵐だった。
「そのうち素直になれよ、お前。普通に嬉しいくせに」
肩を竦めた涼のそれに、五十嵐は目を丸くして、
「じゃ、ブラッシュアップ、続けるか」
なんでもないように続けられたその言葉に、
「……いいぜブラッシュアップしまくってやるわ。完成度をバリバリに高めてやるよ」
涼を睨みながら、五十嵐は言う。
「二人、なんだかんだ仲良しだよね」
やり取りを見ていた高峰の、微笑ましそうな呟きに、
「仲良くなどない」
五十嵐は間髪を入れずに答え、涼はその反応に呆れながら、
「まあ、俺は結構ダチだと思ってるがな」
「お前とはダチではねぇ。知り合い程度だコラ」
「分かったって。俺が勝手に思ってるだけだから」
「思うのもやめろ」
「思うのは勝手だろ。話進めるぞ」
「その時々出てくる横暴さはなんなん?」
涼と五十嵐のやり取りを見て、やっぱり仲良しだよな、と高峰は思った。
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