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70 文化祭が終わって
バイトに来たら、ユキさんとアズサさんとアイリスさんと弓崎さんとマキさんが同じテーブルに居た。5人。この店からすれば、大所帯だ。
店のテーブルは最大4人用で、だからか、隣同士のテーブルをくっつけて、広めの状態になっている。
とかなんとか、他にも店内の様子を確認しながら、仕事をしていく。
文化祭から数日経った。後夜祭の、高峰、さんのハードロックは話題になっていて、また、それとは別に──ある意味関連してるけど──高峰さんが涼と話をするようになったのも、少し話題になっている。お昼も、時々一緒に食べたりしている。こちらも、私、涼、マリアちゃん、桜ちゃん、高峰さんの5人だ。
涼と高峰さんは、少しぎこちなく見える時もあるけど、それなりに普通に会話をしている。それなりに丸く収まったらしくて良かったと思う。と同時に、二人の共通の話題、中学の時の話とかになると、食らいつく様に聞いてしまう。……だって、私の知らない涼の話だし。
あと、涼に、『吊るし飾りのお返しです。写真部の展示の写真から選びました』と、届いたポストカードを渡した。
『嬉しいけど……こういうの、好きなのか?』
白い封筒から出したライオンの子供の写真を見て、涼が訝しげに聞くから。
『涼に似てるなって。私も、同じのを一枚、持ってます。部屋に飾ろうかと』
『…………』
そのあと、唇ふにふにの刑に処された。涼の部屋で渡して良かったと思った。学校で渡していたら、どうなっていたか、分からない。
仕事をしながら、そんなことを考える。アデルさんがまた接客をしてくれるようになったので、仕事に余裕があるのだ。文化祭関係で、ほぼシフトに入っていなかった分を取り戻す気持ちで、丁寧さは忘れずに、仕事をする。
そんな時。あと1時間で店が閉まる、という所で、ヴァルターさんとウェルナーさんがご来店。
私が対応していると、飲み物を持ってくるのと同時に、少し、相談に乗ってやってくれないか、と、苦笑するヴァルターさんに言われた。
「(なんのご相談ですか?)」
「(いや、ウェルナーのなんだけど……)」
ヴァルターさんが言い淀む。ウェルナーさんは心此処にあらず、を、体現していた。
「(ほら、光海は事情を知っているんだから。言えるだけでいいから、言ってみなさい)」
「(子供扱いするんじゃねぇよ。……悪い、光海。俺がただ、未練がましいってだけなんだ)」
ウェルナーさんはそう言って、コーヒーを飲む。
「(……文化祭で、マリアにさ、これだけ会った。しかも、俺にとっては偶然)」
ウェルナーさんは、親指と人差し指と、中指を立てた。……3回も会えたのか。偶然に。
「(最初の時は光海も居ただろ? で、次は2日目に、色紙を買いに行った時。で、3度目が……3日目に、あの映画を観てる時)」
3日間毎日来たんかい。というツッコミは、やめておく。
ウェルナーさんは、ため息を吐いて。
「(しかもその、マリアの……主演はマリアじゃないけど、映画を観てる時、マリア、近くに座ってさ。最後まで観て、また、最初から見始めたんだ。俺さ、マリアと一緒に最後まで観てたくて、座ってて。本当に最後まで一緒に観れた。……だけじゃなくてさぁ……)」
ウェルナーさんが、前髪をかき上げる。おっと? これは、フラレた話をしていた時の仕草ですね?
「(マリアがさ、映画の感想を聞いてきたんだ、俺に。……なんとか、良い作品だと思うって答えた。マリアさ、俺に、ありがとう、参考にするって。……これさ、どう思う?)」
「(偶然何度も会えたのはすごいことだと思いますし、お二人の距離が縮まっているように思えます)」
ウェルナーさんの話を聞く限りは。
「(そう思って良いかな。真面目に)」
涙目になっている。危ない危ない。
「(思うのは、自由だと思います。ですけど、行動するなら慎重にしたほうが、良いかと。……マリアちゃんも、ウェルナーさんとの付き合い方や距離感を、測っているところかも知れませんから)」
「(……頑張る。光海、ありがとう)」
「(いえ、こちらこそ)」
「(私からもありがとう、光海)」
「(いえ、私も相談させていただきましたから)」
で、話はおしまいで、引っ込む。少しすれば、もうすぐ閉店の時間なのでと、お会計の人たちがぽつぽつ集まってくる。
私は、アデルさんと連携してお会計と片付けをし、お客さんが全員捌けて、もうそろそろ時間だからと、店内を軽く掃除して、身支度を整え、挨拶をして、帰宅した。
◇
「光海、今いいか?」
マリアちゃんが2限と3限の間の、中休みの時間にやって来た。少し困ったような顔で。
「なに? どしたの?」
課題をしていた私は手を止め、聞く。
「いや、……場所、変えられるか?」
「うん、大丈夫」
頷いて、二人で、廊下の隅へ。あれ、マリアちゃん、封筒持ってる。シックで綺麗めなやつ。
「(これをな、……お礼なんだが。渡して貰いたいんだ。もしくは、来たら渡して欲しいと、ラファエルさんたちに伝えて欲しい)」
マリアちゃんは小声の、イタリア語でそう言って、その封筒の表を見せてきた。
『Maria Miki Abs. Herrn Werner Ahlersmeyer』。
ウェルナーさん宛てだ。しかもドイツの書き方だ。
「(聞きたいんだけど……自分で渡さないの?)」
私も小声で言ったら、マリアちゃんは、難しい顔になって。
「(……ただの、お礼だしな。期待させる行動は、避けたい)」
「(なら、それこそじゃない? 自分で、これはお礼ですって。深い意味はありませんって。言われたほうが、相手もスッキリすると思う)」
「(ん、ん……分かった。もうちょい、どう渡すか考える。時間取らせて悪い)」
「(ううん。気にしないで)」
私は、なんでもないというように手を振る。
そしてマリアちゃんと別れ、クラスへ戻り、残り数分の間に出来るだけ、課題を進めた。
その、帰りのホームルームで。
「皆さん、今年の文化祭の、出し物の順位が決まりました」
みんなが、ざわざわとし始める。
「そしてこのクラスのカフェは、5位、となりました」
「5位!」「5位?!」「マジで?!」
クラスがざわめく中、
「先生それって! コインですか?!」
耐えきれず、一人がそう聞いた。
「はい。記念コインが貰えます。出来上がりは約1ヶ月後ですから、それまでお楽しみに」
周りがわあっ、と喜びでざわめく。私も嬉しい。だって、みんなで作り上げたのもあるけど、涼の考えたスイーツが評価されたってことでもあるんだし。
「5位ですよ、5位。どう思います?」
駅までの帰り道、私は涼に、食いつく勢いで言っていた。だって。
「どう……なんかな」
涼の反応がイマイチなのだ。不服。
「カフェ全体の評価ですが、それは要するに、涼が考えたレシピのスイーツの評価でもあるんですよ?」
「まあ、頭では、理解してる。……じいちゃんたちも、……まあ、それなりに言ってくれたし」
涼のご家族が来た話は、少し前に涼から聞いた。全てのスイーツの感想を貰って、レシピを見せてほしいと言われて。涼が、レシピを見せつつ説明したら、優良箇所と改善点──十九川さんは自分なりの、と付けたみたい──を教えてくれたらしい。涼のご家族は、涼を想ってくれている。嬉しい。
「そもそもの売上だって、黒字ですよ? 胸を張って良いんですよ? 張るべきですよ」
「光海、お前、ぐいぐい来るな?」
「私はとても嬉しいので。涼にその嬉しさを分けたいくらいです」
「……なら、勉強のあとに、分けてくれや」
そ、れは、どういう意味でしょうか?
「えと、はい。分かりました。思う存分語ります」
「んー……まあ、それも」
それも……?
結局、勉強会のあと、膝に乗せられて抱きしめられつつ、フランス語で語ることになり。涼からは私のメイド服姿がどれだけ可愛いか、一緒に文化祭に参加できてどれだけ嬉しかったか、というのを、これもまた、フランス語で語られた。
涼の、フランス語に対しての理解が深まるのは良いんだけど、なんか、あの、恥ずいです。
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