73 高峰、初来店

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73 高峰、初来店

「参加者、現在10名だけど。お店、大丈夫?」  学食にて、お昼を食べつつ、桜ちゃんが言う。 「一応、確認しておいた。大丈夫だとは言ってくれた。あとは、もしも、だけど。貸し切りにするという提案をいただきました」  私はそれに答える。  参加者とは、クリスマスグループの参加者だ。あれから、アイリスさんとマキさんも加わり、で、計10名。 「僕、半分くらい知らない人なんだけど、大丈夫?」  私と反対の、涼の隣に座っている高峰さんが、聞いてくる。 「俺も似たようなもんだ。大丈夫だろ」  涼が言う。 「なら、経験しとくか? 光海のバイト先」  マリアちゃんの言葉に、「え」と高峰さんが少し驚く。 「……橋本が、大丈夫なら」 「なら二人で行けば? 橋本ちゃんは2回行ってるし、高峰っちも1回行けば、知ってるお店だよ」 「俺はそれでいい」 「なら、行かせてもらおうかな」 「いつにします? 今日、私、学校終わりはバイトなので、そのまま案内出来ますよ」 「じゃ、行くか」 「はあ、分かった」  という訳で、高峰さんにホームページを見てもらいながら、バイト先の説明をしつつ、店に到着。あとを涼に任せ、私はお店の裏へ。  挨拶、身支度、ホールへ。  アデルさんは今日も一緒に接客してくれるけど、ラファエルさんのほうは、いつ産まれるかとそわそわしている、そんな、最近のお店は、一応通常営業。 「(光海、良いかな?)」  レイさんに呼ばれ、またあれかな、と思いつつ、テーブルへ。 「(なんでしょうか?)」 「(チャチャとね、ファミリーフォトを撮ったんだ)」  見せてくれたのは、ドレスを着ているエマさんとレイさんと、レイさんに抱き上げられている、猫用ドレスを着ているチャチャ。の画像。 「(写真館で撮ったんだよ。玄関に飾ってある。その、チャチャのドレスはレイの手作りさ)」 「(素敵なお写真ですね。レイさん、猫用のドレスも作れたんですか)」  レイさんはよく、服を作る。この写真の二人のドレスも、レイさんが作ったものだ。 「(最初はね、写真館の衣装を借りようとしたんだよ。けど、チャチャ、どれも好みに合わなかったみたいで……それで、チャチャ好みの布とかを探してね。作ったんだ。自分たちのドレスは前のものだけど、そのうちに新しいの作って、全員でもう一回、撮ろうと思ってるんだよ)」  レイさんが、夢を語るみたいに言う。まあ、夢という表現も、あながち間違いではないか。 「(すごいですね。そしたらまた、その時には、見せてくれませんか?)」 「(もちろん!)」 「(で、レイ、注文だろう?)」  エマさんに言われたレイさんはハッとして、ホットココア、エマさんはホットチョコレートを注文。かしこまりました、と、ルーティン。終わったら、涼たちに呼ばれた。 「なんでしょうか?」 「や、俺は注文。高峰はメニューの説明を聞きたいって」  涼が言う。高峰さんは「ごめん。フランス料理、詳しくなくて」と言った。 「いえ、謝ることではありませんし、新規の方にはよく説明しますから、大丈夫です。では、先に説明をしましょうか? それとも、涼の注文の品を伺ってからにしますか?」 「えーと」 「じゃあ先に説明で、頼む」  迷っている高峰さんを見て、涼がそう言った。  私は料理の説明をして、 「それで、どれか良さそうなの、ありました? また、考えますか?」 「どうする?」  涼が聞き、 「あ、うん、大丈夫。注文します」  高峰さんは頷いた。  そして、涼は、プレーンとシナモンのチュロスとビッシュ・ド・ノエル、ホットチョコレート。高峰さんはキッシュとコーヒー。飲み物は先ということで、少々お待ち下さい、と、ルーティン。  おまたせしました、と、飲み物を置き、引っ込む。  店内を確認しつつ、隅に寄った。   ◇ 「店、クリスマス仕様だって聞いたけど、すごいね。あれ、本物のモミの木なんだ?」  高峰が、店内にある、見事に飾り付けられた大きなモミの木──サパン・ドゥ・ノエル──を見て、言う。 「らしいぞ。本場からの輸入だそうだ。光海も、そのツリーのとか、詳しくは知らんけど、飾り付けを手伝ったらしい」  涼もクリスマスツリー(サパン・ドゥ・ノエル)に目を向け、言う。 「本場……フランスか……橋本は、フランス行くの? パティシエの修行したいって、中学の時に言ってたけど」 「行きたいし、行った」  涼は言い、ホットチョコレートを飲む。 「どういう意味?」 「去年の夏休みにな、光海はフランスでホームステイしたらしくて。今年も行くって聞いて、俺もついてった。色々と勉強になった」 「色々、の部分、聞いても大丈夫?」  と、ここで、料理が運ばれてきた。運んできたのはアデルだ。  料理を置かれ、アデルが下がり、 「菓子店巡りをしてきた。あとは観光とか。光海にフランス語を教わってたから、なんとかなった」  涼は言い、プレーンのチュロスを齧る。 「……フランス語、話せるんだ……?」 「一応な。……高峰って、フランス語、どうだっけか?」 「えー、簡単な会話くらいなら」 「(今日いい天気だね、とか、言える訳か)」  高峰は目を瞬かせ、 「……急に話さないでよ、驚くから。てか、流暢だね」 「まあまあ頑張った。キッシュ、冷めるぞ」  言いながら、チョコのチュロスを手に取った涼を見て、 「……橋本、成川さんにベタ惚れだね」  呆れたように、微笑ましげに言う高峰に、 「うるせ」  涼は短く言って、チョコのチュロスを齧った。   ◇  仕事をしていると、涼たちがお会計を始めた。  あ、帰るんだ。まあ、今日は、高峰さんも居るしな。と、仕事を再開。途中で賄いを食べ、身だしなみチェックをして、ホールへ。常連さんたちが夕食を食べ、会計して、テーブルを片付けて。  ラストオーダーの時間が過ぎてから、ラファエルさんに呼ばれた。料理で呼んだ訳ではないらしい。なんだろな、と思いつつ、厨房へ。 「(光海、働き手についてなんだか、目処が立ってね。その話をしたいんだ。ホールは、今、空いているから。いいかい?)」 「(はい。分かりました)」 「(ありがとう。それで、クリスからの紹介で、一人、ホールスタッフを雇うことにしたよ。雇用開始は来週から。年齢は20歳。光海より年上の人だ。ここまでは良いかな)」 「(大丈夫です)」 「(それで、仕事内容は書類に纏めて渡すし、流れとかは私が教えるけど、光海は先輩になるから、仕事のサポートをして欲しい。良いかな)」 「(もちろんです。私なりに、しっかりサポートします)」 「(ありがとう。あと、質問はあるかい?)」  質問……。なら。 「(その方のお名前や、容姿の特徴などは、聞いても大丈夫ですか?)」 「(ああ。名前は、エイプリル・オールドリッチ。地毛は赤、瞳は緑、身長は……詳しくは分からないけど、私より少し低い、かな。他にはあるかい?)」 「(いえ、大丈夫です)」 「(ありがとう。じゃあ、もう少しだけ、仕事、頑張って欲しい)」  私は、分かりましたと伝えて、ホールへ。  ラファエルさんより少し低い、なら、まあまあ背が高いな。高峰さんくらいか。なんて思いつつ、仕事をしていて、終了時刻。  いつもの掃除に加えて、クリスマスシーズン恒例の、モミの木の落ち葉掃除をし、身支度をして、挨拶をして、店を出てスマホを確認。 「……涼」  涼からの通知が来てた。 『近くで勉強してるから、終わったら呼べ』  そのまま電話をかけた。すぐに繋がった。 『終わったか』 「終わりました。どこに居ますか?」 『そろそろだと思って、向かってた。もうすぐ着く。てか、見えてる。あー……そっちから見て、右だな。見てみろ』  スマホを耳に当てたまま、右を見る。涼が歩いてきていて、手を上げてくれた。 『分かったか』 「分かりました」  言いながら、そっちへ歩き出す。スマホを切って仕舞い、駆け出す。 「は、光海、おい?」  涼も、あのスピードで走ってきてくれて、私はそんな涼に、飛びつくように抱きついた。涼は、抱き留めてくれる。 「み、光海……?」 「嬉しいです」 「は?」 「嬉しいです、待っててくれて。今日は、帰っちゃったのかと思ってました。だから、嬉しいんです」 「……待つに決まってんだろ」  言いながら、頭を撫でてくれる。 「帰るか」 「はい」  腕を離して、手を繋いで。  一緒に帰った。
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