74 月が綺麗ですね

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74 月が綺麗ですね

「はい。終了です。お疲れ様でした」 「お疲れ様です」  勉強を終えた私の部屋で、涼は伸びをした。 「随分追いつきましたね。基礎を忘れることもなく。それで、期末ですが、また対策、しますか?」 「する。12月に入ったらだろ。気持ちが緩んでまた赤点とか、嫌だしな」 「じゃあまた、対策期間はみっちりですね」 「ん。…………光海」  涼がこっちを向く。 「なんですか?」 「抱きしめて、良いか」  腕を広げる。涼が、抱きしめてくれる。私は、抱きしめ返す。  最近、愛流は涼に慣れたのか、頻繁にポーズを撮る、なんてことは無くなった。今日もない。  代わり、なのか、涼がこうしてくることが増えた。嬉しいので、問題ない。  そのまま頭を撫でてくれたり、髪に指を通したり。  涼は、私の髪の手触りが好きなようだ。  嬉しくて、くすぐったくて、もっとして欲しくて、ぎゅう、と抱きしめ、涼の肩口に、頭を埋める。 「おっまえホント、そういう、可愛い、マジ、この」 「んふふ」 「ちょ、そこで笑うな」  涼が、少し焦ったような声を出す。 「すみません」 「喋んな、ざわざわする」  ざわざわ? 「嫌ですか?」 「そうじゃねぇよ……」 「それなら、良かったです」 「……お前……刑に処す」 「うぇ」  離されて、頭を固定されて、唇ふにふにの刑だ。 「お前が」  ふにふにされて。 「可愛いから」  抓まれて。 「俺はもういちいち、また爆発しそうなんだよ」  抓まれた唇を、もにゅもにゅと、捏ねられる。 「あーくそ可愛いあー、このヤロウが」  しかめた顔で言いながら、唇を色々される。 「えぁ、うぅ……んむぅ」 「可愛い可愛い可愛い可愛いあーくそ。治まんねぇな」 「りょひたら、おはまりまふか」 「……キスしたい」 「はら、えを、はらひて、んむっ」  手で挟まれるように口を閉じられて、話せなくなった。 「ただの、キスで、終わる気がしない」 「んん?!」 「だとして、していいか?」  どんなのを、と聞きたいのに、手を離してくれないから、聞けない。 「軽くで、良いから。少しだけ」  涼はそう言って、手を離す。 「いいか?」  頬を撫でられる。ゆっくり、そっと、何回も。 「光海」  真剣な顔の眼差しが、いつもより、強くて。 「す、少し、なら」 「分かった」  唇が、重なって。 「?!」  舌で舐められて、口の中に舌が、入ってきて。  自分の口の中なのに、涼のがあるっていう事実に、私のほうが爆発しそうで、目を強く瞑って、涼の服を掴んでしまう。  そのまま、口の中で、あの、ちょっと、解説したくない……う、動いてて、そのうち、離れて。  終わったのかと思って、そうっと、目を開いたら。 「んっ」  また、キスされて、顔が離れていった。 「……嫌だったか」  涼が、申し訳無さそうな、不安そうな顔をしてて。 「そ、の、私も、爆発しそう、だったので」 「……。お前はぁ……!」  抱きしめられて、 「(好きです愛してますお前が居ないと生きていけないお前のおかげで俺が居る俺の宝物はお前なんだよ可愛い顔で可愛いこと言いやがって俺をどうしたいんだよお前は)」  ど、怒涛のフランス語……。 「(あの、大切に、したいです)」 「(俺も大切にしたい。ずっと。一生)」  い、一生……。 「……悪い」  涼が、体を離した。その顔は、マシュマロで。 「少し頭冷やしたい。屋上行っていいか」   ◇ 「……」  屋上で、柵に凭れ、涼は、空を眺める。  一人で居たい。言えば、光海に心配されたが、10分だけでいいから頼む、と言って、 『……なら、ドアの所に居ますので』  光海はそう言ってくれて、一人にしてもらった。  空は、だいぶ暗くなっていて、制服だけで屋上に出た涼の体を、物理的に冷やしていく。 「……月……」  細い月が出ているな、と、あえて口にする。肺の中も、より、冷えていく。 「……月が、綺麗ですね」  視界には居ない相手に向かって、涼は小声で言った。  風流というか、奥ゆかしいというか。夏目漱石はなぜ、そう訳すべきと言ったのか。  それが分かれば、もう少し、冷静でいられるのだろうか。 『涼? そろそろ10分経ちますが、大丈夫ですか?』  その呼びかけに、「ああ」と答える。  落ち着いた。それなりに。だから今は、もう大丈夫。  涼は、ドアのほうへと足を向けた。   ◇  アデルさんに、この人がエイプリルさん、と、紹介されて。 「(はじめまして。エイプリル・オールドリッチです。日本語も話せます。エイプリル、と呼んで下さい)」  そう、真面目な顔をして、低い声で、英語で自己紹介されたので、 「(はじめまして。成川光海といいます。光海と呼んで下さい。よろしくお願いします)」  と、英語と笑顔で、こちらも自己紹介をした。  エイプリルさんは、ラファエルさんが言っていた特徴そのままの人で、赤い髪をサイド三つ編みにしていて、緑の瞳を細めている。ラファエルさんより少し背が低い、のもそうなんだろうけど、高めのヒールのブーツを履いているから、今はほぼ、ラファエルさんくらいの高さだ。  黒のブラウス、黒のスカート、ブーツも、三つ編みのリボンも黒。ピアスかイヤリングか分からないけど、それも黒。黒が好きなんだろうか。  エイプリルさんは昨日から入っていると連絡を受けていて、仕事の内容も、昨日のうちに一通り教えてある、と、言われている。 「(じゃあ、お仕事を始めましょう)」  英語で言ったアデルさんに、二人ではいと答えた。
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