8 バナナカップケーキ

1/1
前へ
/82ページ
次へ

8 バナナカップケーキ

「……」  課題が解けている、と、懐かしい手応えを感じ、橋本涼は複雑な気分になる。なって、それにまた、腹が立った。 『ヒントのようなものを教えるだけで良いなら、分からない部分を連絡して頂いて大丈夫です』  日曜、あのあと。光海からそう、送られてきた。  そもそも、貰ったノートのコピーも、とても見やすく書かれていて。それを見て、自力でやれるだけやったけれど、意味不明な箇所はまだまだたっぷりあって。  試しに、と、1問。画像と共に、この部分が分からない、と送った。夜、解答に近いヒントが送られてきた。悪態をつきながら、『分かった』と送った。 「……」  全ての課題に手を付け、息を吐く。自宅のキッチンに向かう。 「……」  材料を確認し、準備をし、バナナのカップケーキを焼く。 「……」  オーブンを眺めながら、睨みながら、学校について、勉強について、経営について、取るべき資格について、……進路について、考える。  中学まで、それを夢見ていた。高校に入る直前、人生の一部を亡くした。どうでも良くなった。……けれど、今、またそれを目指している。  タバコを吸わされそうになり、反射的に叩き落とした自分。手に何かあったらと、足やカバンや、落ちていた石などで応戦した自分。 「……ハッ」  結局、自分はガキなのだ。そう思ったところで、カップケーキが焼けた。   ◇ 「橋本さんって、理数系に強いですか?」 「は?」  家から徒歩20分の、第三図書館、その学習室で。  言ってみたら、何言ってんだお前という顔をされた。 「いえ、なんとなく、ですが。文系のものよりそちらのほうが、理解が早いなと、感じまして」 「はあ、そう」  イマイチ分からない、そんな顔の橋本へ、言ってみる。 「私のこの推測が正しければ、ですが。満遍なく進めるより、理数系へ少し、力を入れたほうが、より早く勉強を進められるかと」 「……意味分かんねぇんだけど?」 「文系を放り投げる、という訳じゃありません。伸ばしやすいものを伸ばしていって、テストなどで成果が出れば、より、やる気が出るのでは、と」  ぽかんとした橋本を一旦置いて、水分補給をする。 「……お前、何がしたいの?」 「橋本さんに勉強を教えて、橋本さんが追いつくまで、それにお付き合いするつもりですが」  お前が頼ってきたんだろ、橋本よ。  そんな思いで、顔を向ける。 「……」  また、マシュマロになっている。橋本がマシュマロになるタイミングが、掴めない。 「……すみません、気分を害するようなことを、言ってしまいましたか?」 「……別に。お前のほうが頭良いんだから、その方針に従う」  従う、て。 「……分かりました。では一度、その方向で進めていきましょうか」  で、終わって。橋本が出してきたのは、この前より大きな箱と、紙袋。 「今度は、なんでしょうか……」 「詰め合わせだよ。お前、値段、気にしてたろ。なるべく安いやつにした」 「お、大きいんですけど……?」 「……きょうだい、多いんだろ。成川が一番上なら、下だって食べ盛りだろ」  なぜ、マシュマロ。 「……分かりました。お気遣い、ありがとうございます。頂きます」  紙袋に箱を入れ、毎回こうならと、橋本へ、言うか迷っていたそれを、言ってみることにした。 「橋本さん、お礼について、なんですが」 「なんだ、不満か」 「いえ、そうではなく。次からは、私が選んでも良いですか?」 「は」  橋本は、目を丸くした。 「橋本さんも、カトレアを知っているようなので。次回から、終わったら、カトレアは午後の8時までやってますから、お店の時間まで、間に合うかと思うので。一緒に行って、選ばせてもらう、というのは、どうだろうか、と」  それなら安く済むし。 「無理にとは言いませんが」  橋本は顔をしかめ、髪をかき回し、ため息を吐いてから、言った。 「……良い。分かった。そうする」   ◇ 「うん、今度はね、背中合わせに座って、お姉ちゃんは体育座り。お兄ちゃんは胡座で、お姉ちゃんに凭れ掛かる感じで。あ、お兄ちゃん、首少し上に向けて」  ここは自宅のリビングである。寝る前に私は、大樹と一緒にと愛流に呼ばれ、絵の参考にするからと、ポーズを取らされていた。  まあ、もう、慣れっこなので、特に気にしてはいない。  そのまま数枚、角度を変えて写真を取られ、 「はい。あと、1ポーズ」 「俺、眠いんだけど」  面倒くさそうな大樹の言葉に、 「じゃあ丁度いいよ。横になるポーズだし」  愛流が意気揚々と答える。  で、大樹は体の側面を床につける形で横になり、肘をついて頭を支え。私は大樹のお腹の前で、片膝を立てて、膝に両手を乗せ、座った。 「うん、そのままで」  で、パシャパシャと撮られ、終了。 「じゃ、寝る」 「おやすみ」  大樹からの返事はなし。下火になりつつある反抗期は、まだ少し継続中のようだ。 「愛流もね。おやすみ。そのままイラストにとっかかったら、眠れなくなるよ」 「うん、分かってる。ザッとラフだけ描く。おやすみ」  ラフだけで終わるのか、少々心配だけども。おやすみと返されたので、寝ることにした。  起き抜けの愛流は、眠そうだった。  おい、ちゃんと寝たか?
/82ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加