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80 日常の通過点
「流石だねぇ。バズったもんね、ジョン・ドゥ」
桜ちゃんが言う。
「そうだな、バズったしな、ジョン・ドゥ」
マリアちゃんも言う。
「バズったね、大樹、弟も観てたよ。生配信」
私も言う。
「バズるに決まってんだろ」
涼も言って、
「……どう返せばいいの、そのコメントに」
一曲弾き終えたばかりの高峰さんは、遠慮がちにそろそろと、ソファに座った。
放課後、カラオケに来ています。「そういや高峰っち、ギター聴かせてくれんだよね?」という桜ちゃんのお言葉により、集まった次第。
ジョン・ドゥこと高峰さんの生配信は、事前告知をマリアちゃんやユキさんが宣伝してくれたからか、最初から結構な人に観て貰えていた。バキバキハードロックに、流行りの曲、リクエストに応えての演奏。視聴者はどんどん増え、〆にまた、ハードロック。中々にバズりました。
「当たり前だろ、くらい、言え」
「いやぁ、無理でしょ。未だに実感湧いてないんだよ?」
「初バズりなんてそんなものだ。ここから固定視聴者を増やして、地盤を固めていく。大体そういう流れだ、高峰」
マリアちゃんのお言葉に、
「えー……参考にさせて頂きます」
と、高峰さんは言った。
高峰さんは、涼の橋渡しのもと、マリアちゃんに生配信についての流れや諸注意を教えてもらったので、現在、マリアちゃんは高峰さんの師匠のようなものである。
「んでは、私たちもカラオケを満喫しましょっかね!」
桜ちゃんの言葉で、私たちも歌い出す。3周して、好きな人が好きに歌って、最後に。
「ワンモアロック、高峰っち」
「え? ああ、うん、はい」
「全力で♪」
「……はあ」
桜ちゃんのリクエストにより、高峰さんはまた別の、バキバキハードロックを全力で聴かせてくれました。
◇
クリスマスが終わり、バイト先も新年に向けて、また模様替え。
「(外しました、お願いします)」
私は、大きなモミの木のオーナメントを外し、エイプリルさんに差し出す。
「(はい、受け取りました)」
エイプリルさんはしっかりオーナメントを受け取り、ラファエルさんの指示に従いながら綺麗にして、梱包して、仕舞っていく。
私が取って、エイプリルさんかラファエルさんに渡し、二人が仕舞う。その流れを続ける。
私が合流したのはあとからだけど、それより先にシフトに入っていたエイプリルさんは、メニュー表やポップの入れ替えなんかをしていたらしい。
「(これが最後、の、筈です)」
手の空いていたラファエルさんにオーナメントを渡し、梯子から下りて、梯子と共に下がる。
オーナメントを手早く仕舞ったラファエルさんは、ツリーを確認して、
「(うん、もう無いね。ありがとう、二人とも)」
OKをくれた。
本来、フランスでは、クリスマスが終わってもツリーは片付けない。けど、ここは日本であり、ラファエルさんもアデルさんも日本が大好きなので、内装・外装に合う、フランスと日本が混ざったような新年の飾り付けを行うのだ。去年もそうだった。
具体的に言うと、大きなモミの木は片付けるけど、ヤドリギはそのままだし、玄関先のモミの木は門松に流用して、フランスの要素を取り入れたものにする。他にもしめ飾りとか、小物とかにも、フランス要素を足して飾り付ける。
「(じゃあ二人とも、そろそろ時間だし、今日はありがとう。引けてもらって大丈夫だ)」
軽くモノを片付け終わったところで、ラファエルさんに言われ、分かりましたと店を出た。
モミの木は業者が片付けるし、既に用意してある新年の飾りも、その業者が行う。次にバイトに来た時には、ガラリと変わったお店を目にすることになるだろう。
そんなことを思いつつ、エイプリルさんと別れて、帰宅した。
◇
今日で二学期も終わりだ。受け取った通知表を見て、ほっと息を吐く。うん、枠内だし、優遇措置もまた高い。ざわつく教室の時計を見て、まだ時間あるな、と、涼の席に。
「どうでした?」
「……こう、だった」
通知表を渡され、「失礼します」と受け取り、中を見る。
「とても良く見えます。涼、お疲れ様です。ありがとうございました」
「おう」
通知表を返したところで、終業式が始まるからと、先生に呼ばれた。
終業式が終わり、三学期に向けての課題をドサッと出され、解散。
「やー、今年もあと少しですねー」
コーヒーチェーンにて。桜ちゃんが、達観したように言った。
「そうだねー。年末の予定、何かある?」
「ガシャクロの一期を観直す」
即答。
「それ、エイプリルさんも?」
「そうだよ。もうお約束してるよ」
二期の1話を一緒に観る話は、エイプリルさんにも伝わっていて、エイプリルさんを加えた4人で、観ることになっている。場所は、もちろんと言うべきか、桜ちゃんの家だ。
「私は、演者の人たち全員との、初顔合わせがあるな。……まあまあ緊張している」
マリアちゃんは、静かにそう言った。
マリアちゃん、勧誘されていた映画の配役を伝えられた時、想像していたよりもメインに近く、驚いたそうだ。
その映画、正式発表は元旦だということで、公開予定のほうは、順調に行けば秋頃の見込み。
「観に行くからね」
「私もだよぉ」
「ありがとう。頑張るよ。光海は何かあるのか?」
「ん、や、大体いつも通り、かな」
「大体?」
桜ちゃんの言葉に、
「うん。涼がね、今ちょっと、頑張ってるから。応援的な思いも込めての、いつも通り」
「何を頑張っているか、聞いても大丈夫か?」
「んあ、あー……企業、秘密、で。涼に直接聞けば、教えてくれるかも」
「ほほうほう」「へえ」
二人は、それ以上は突っ込まずに話を変えてくれた。
◇
試作を重ね、今の自分に出来る全てを武器にして作ったそれらを、プレゼンしながら、食べてもらって。
『……そうだな。私は充分に、通じる出来だと思う』
祖父の言葉が頭の中で反響し、染み入り、その意味を、動き出した脳が、ゆっくりと理解し始める。
『二人は、何かあるか?』
祖父はそのまま、父と伯母に訊ねた。
『僕も、売れると思いますよ。指定日より早く完成しましたから、関係者への連絡も、年内に出来るかと。こちらもスムーズに動けて助かります』
『私もそうね。同意見。あと、細かい部分も覚えたいから、プレゼン資料、貸して欲しいな。お客様への対応に、とても役立ちそうだし』
父と伯母の言葉も、理解する──受け入れられるまで、数瞬かかった。
『それで、涼』
祖父に顔を向けられ、姿勢を正して返事をする。
『お前は、どう思う。これらが並び、買われていく。その光景を想像して、どう思う?』
正直に答えた。
買ってもらう自信も、食べてもらう自信も、美味しいと言ってもらえる自信もある。けど、客の反応は、どれだけ予想しても、完全にその通りにいかないのも、分かっている。その覚悟も含めての、今の自分に出来る最大限が、これだ、と。
『そうか。分かった』
祖父は、一度頷いて、
『これで行こう』
そう言った。
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