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82 手作りの
受け取って下さい、と、怒っているように言われて、返品は無し、とも言われた。涼は、その、いつもと違う雰囲気と勢いに押されるように受け取ったプレゼントを眺める。
「……」
説明とは、なんだろう。
そう思いつつ、包装を外し、箱を開け、
「……初っ端から可愛いかよ」
一番上にあったメッセージカードを見て、思わず呟いた。
『Nous l'avons préparé pour vous. Nous espérons qu'il vous plaira.』
俺のためにとか、なんだよお前は。気に入るに決まってんだろこのヤロウが。
そう思いながら、メッセージカードを手に取り、眺め、その下にあるものへと、視線を移す。
そこにあったのは、カラフルなスポンジクッションで固定された、平たい小瓶が2つ。片方の蓋には、薄紫色をした星型のシールが貼られていた。
「……で、これの説明、ね?」
涼は、シールが貼られているほうの小瓶を持ち上げ、言う。透明な小瓶に詰まっている乳白色のそれを軽く振ってみたが、揺れなかった。液体ではないらしい。
そこに、ノックの音。
『おまたせしました。入ってもいいですか?』
光海の声に、「ああ」と答える。
ドアが開き、光海が入ってきて、
「先ほどは、こう、取り乱しました。失礼しました」
自分の隣に座り、ぺこりと頭を下げる。
「だから、謝って欲しくはないんだけどな」
涼は、頭を上げつつある光海を見ながらそう言って、
「そんで、これの説明って?」
光海はその言葉に、少し緊張した面持ちで、口を開いた。
「それは、……ハンドクリームです。手作りの」
◇
「ハンドクリーム? へえ……え? 手作り?」
小瓶を眺めながら面白そうに言った涼の顔が、不思議そうなものに変わる。
「そうです。手作りのハンドクリームです。……順を追って説明します」
返品不可だと、言ったし。もう見せちゃったし。……気合で乗り切れ、私。
「涼が頑張るって言って……教えてもらってから、プレゼント、と、言いますか、頑張ったね、みたいなものを贈りたいと、思いまして」
涼が持ってるの、真正ラベンダーのだ。
「それで、どうするかと色々調べているうちに、パティシエやパティシエールさんたちは、職業柄手が荒れやすいと、知ったんです。だから、ハンドクリームを選びました」
涼が目を、パチパチさせている。
「それで、……市販ではなく手作りを選んだのは、……それ、マシュマロの口に入っても大丈夫な、私が使っているものと同じものなんです。なので、食品を扱う人や、敏感肌の人にも、大丈夫かと思って、それにしました」
「めっちゃ俺のこと考えてくれてんじゃん」
「当たり前です。涼の夢を応援してるんですから。あと、2種類なのは、香りがあっても良いのか分からなかったので、両方作ったからなんです。香料を入れていないものと、真正ラベンダーの香りを付けたものです。涼が今持っているほうが、真正ラベンダーの香りのものです。シールは目印です」
「へえ……真正ラベンダー……って、どんなん? 普通のラベンダーと違うのか?」
小瓶に顔を向けていた涼が、またこっちを見る。
「真正ラベンダーは、犬にも安心とされていますし、ラベンダーの香りにはリラックス効果もありますので、それにしました。私も、真正ラベンダーも使う時もありますが、無香料かティートリーを使う時のほうが多いですね。ティートリーは、より犬に対して安全性が高いとされているので。そんな訳で、涼の香りの好みも知りませんから、真正ラベンダーと無香料のと、2種類作りました。そのハンドクリーム、1ヶ月ほど持ちますが、合わなかったり、要らないと思えば、処分して下さい」
「誰がそんなことするか」
涼が顔をしかめた。
「使いまくってやるわ、このハンドクリーム。あとティートリー? てのも欲しい」
「え?」
「光海が使ってるのも欲しい」
……えーと。
「その、涼、ハンドクリームの香り付けに使っている精油はですね、真正ラベンダーとティートリーと、ローマンカモミールの3種類なんですけど……」
「ならその、ろーまん? カモミールのも、くれ」
……。
「あの、そもそも、肌に合うか確認してからじゃないと……」
「じゃあ今試す」
涼はカードを置いて、持っていた小瓶の蓋を開けて、ハンドクリームをひと掬い。
「ハンドクリームって、作れんだな」
蓋を閉めて置いて、そう言って、躊躇いなくクリームを手に馴染ませていく。
「大丈夫そうだけど? てか、材料はなん?」
「えぇと、私が作ってるのは、ホホバオイルとシアバターを基本にしたものです。そこに、香料として精油を加えます」
「へー。あ、マジでラベンダーの香りがする」
手を顔に近づけて、興味深げな顔になる。
……なんだろう。なんか、恥ずかしいんですが?
「うん。大丈夫そうだしさ、時間ある時に他のも作ってくんねぇかな。材料費とか出すし」
またこっちに向いた顔は、ニコニコしていて。
「……いえ、材料も容器も、まだ家にあるので。それと、10分ほどで、1種類作れます、けど……あの、涼」
「ん?」
「無香料は兎も角、他の、香り付きのは、良いんですか?」
「駄目なん?」
聞かれましても。
「あの、真正ラベンダーはそういう香りですが、ティートリーは……こういう、香りなんですけど」
私は化粧ポーチから、ティートリーのハンドクリームを出し、蓋を開け、涼に差し出す。
「確認して下さい。このままでも、ふわっとは感じますから」
「へえ、ほお」
……顔を近づけて確認しろとは言ってない。
「なんか、スーッとする。結構好きだな、これ」
「……そうですか……」
顔を上げてくれたので、ハンドクリームをササッと仕舞う。
「えっと、あと、ローマンカモミールはですね、甘い感じの、フルーティーな香りですけど」
「へえ、面白そう」
面白いの?
「……まあ、では、お試しも兼ねて、他二つ、近いうちに持っていきます」
「うん、頼むわ」
……受け入れてくれたらしいのは、良かったけど。
「あの、涼」
「ん?」
「なんで、その、……そんなに笑顔なんですか?」
「え? 嬉しいからだけど?」
そんなに、ニコニコするほど?
「……あんだよ。嬉しがったらいけねぇの?」
不満そうに言われても。
「俺、今また、奇跡を味わったんだけど。分かってんのか?」
「奇跡、ですか? これ」
ハンドクリームが?
「そーだよ。また語ってやろうか? 今度は日本語で。処しながら」
「へ、──わっ!」
流れるように膝の上に乗せられて、ふにふにされる。
「はぅ、は、はんえ……?」
「ちっとも伝わんねぇから。俺の気持ちが」
真面目な顔で言われるけど、唇をふにふにするのと、どんな関係が?
「光海、俺な、お前がホントに好きなんだよ。大好きだし大切だしずっと一緒に居たいんだよ。……お前が海外行って、そこでの生活を満喫しても、俺のこと毎日思い出して欲しいし、連絡くれたりして欲しいくらいに好きなんだよ。……なあ、」
唇から手が離れて、涼は私に覆い被さるように、抱きついてきた。
「分かってくれよ。店だって継ぎたいけど、お前とも一緒に居たいんだ。……お前に忘れられたくねぇんだよ……光海……」
これは、絶対、確実に、マシュマロになってる。声も震えてるし、……泣いてたり、する?
「あの、涼」
抱き込まれた腕をなんとか動かして、涼の背中に手を当てる。
「なんだよ……」
「あのね。私が外の大学を目指しているのは、見聞を広めたいからだよ。日本に居たくないからとか、そういう理由じゃないの。むしろ逆なの。世界を知って、日本を知って、世界からの日本を知って、みたいなね。異文化交流をね、したい。日本と外との架け橋みたいな仕事──役割を果たしたい。だからね、涼」
何もしないよりマシだと、手だけで背中をぽんぽんする。
「……忘れたりなんて、しないから。あり得ないから。遠距離恋愛になるだけ。日本に戻らないなんてあり得ないし、高校で涼とさよならなんて、もっとあり得ない。……涼のこと、好きだから。大好きだから。ね?」
「ね? ってなんだよ……可愛いく言いやがって……」
かわ、いいのか……?
「俺をどうしたいんだよ……」
「え、いや、だから、ね。安心、して欲しいなって。そう思って、今の話を、したんだけど……」
「だけど?」
「……えーと、安心、できない?」
「してぇよ。そこまで言ってくれて、すげぇ嬉しいし。……けど、やっぱ不安だよ。……馬鹿みてぇだな、俺。情けな……」
……また、聞き捨てならないぞ?
「涼は馬鹿じゃないし、情けなくない。撤回を求めます」
「は?」
は? じゃないんだよ。
私はそのまま、涼がどれだけ頑張ってきたか、頑張っているか、自分を省みて行動しているか、どれだけ素晴らしい人なのかを、涼に3回目のストップをかけられるまで滔々と語った。
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