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84 明けまして
今日は12月31日。つまり、大晦日。そして、その深夜であります。フルタイムのバイトを終えた私は、ただ今、涼、桜ちゃん、マリアちゃん、高峰さん、エイプリルさんとの6人で、少し遠めの、まあまあ大きなお寺に来ております。
このお寺で新年を迎えるために。
「もうそろそろだよねぇ」
人がごった返す境内の中、桜ちゃんがしみじみ言った。
「あと30分無いくらいか」
スマホで時間を確認したマリアちゃんが、それに続く。
「新年をこうして祝うのは、初めてです。本当に沢山の人が来ているんですね」
エイプリルさんが、周りをキョロキョロ見ながら言った。
「沢山ですけど、この辺はまだまだですよ。除夜の鐘を鳴らす列とかは、もっと沢山の人が並んでいる筈なので」
エイプリルさんに、補足説明するみたいに言うと。
「あの描写の通りにですか?」
「そう! ここで初めて想いを自覚して、鐘の音を聴きながら思い悩む! 独りなトコロがまた良い!」
桜ちゃんの言葉に、
「同感です。このような場所で孤独を感じる。いえ、このような場所だからこそ感じてしまう。緻密な心情描写だと思います」
エイプリルさんも、熱を込めて返した。
お分かりだろうか。ここは、ガシャクロの聖地の一つ、主人公が恋心を自覚するシーンに出てくるお寺なのである。自覚するのは、女性のほう。
だからかこのお寺、ガシャクロ二期が始まるというのもあってか、去年より人が多い。明らかにガシャクロのファンの人も居る。グッズを身に着けている人とか、その時の主人公の格好をしている人、別のキャラの格好をしている人、などなど。
桜ちゃんとエイプリルさんも、そんな装いである。
桜ちゃんは、その時に主人公が着けていたマフラーと、自作したというダブル主人公のアクリルキーホルダーを。
エイプリルさんは、主人公が自覚前に買う合格祈願のお守りと、そのあとに迷いながら買う恋愛成就のお守りを、さっきなんとか買って、黒のエナメルポーチに着けている。あと、以前にガシャポンで展開されていたという、ガシャクロの二頭身キャラのぬいぐるみも、複数着けている。
「あのシーンな。一人語りみたいな」
涼も、本堂に目を向けながら言う。
涼は、日向子さんに語られていただけでなく、亡くなられたあとに自分でも読んだんだそうだ。涼がガシャクロを読んだと、それを桜ちゃんに知られてからは、学校での桜ちゃんのガシャクロ語りの聞き役に、涼も加わることに。てか、加えられた。
「こういうのって、聖地巡礼って言う、ので、合ってる?」
高峰さんは、エイプリルさんとは別の意味でキョロキョロしている。毎年、初詣は日が出てから行くらしい。私も、高校に入るまではそうだったので、夜の初詣は2回目だ。去年は桜ちゃんに連れられ、マリアちゃんとここに来た。
「合ってる」
「だと思います」
桜ちゃんとエイプリルさんが、高峰さんのそれに同意する。
そして、そろそろ除夜の鐘、というところで、桜ちゃんとエイプリルさんが動画を撮り始めた。周りも、同じようにする人がそれなりに。
皆さん、ファン魂が凄い。
除夜の鐘が鳴り始め、手袋越しに、涼の手に力が入ったのが分かった。
日向子さんを思ってなのか、別の理由か。分からなかったけど、私も握る手に力を込める。
「……光海」
「はい」
「来年も、こことは言わねぇけど、こう、出来るか?」
本堂へ目を向けたままの涼に言われて、
「もちろんです」
寄せていた体をもっと寄せて、それに答えた。
「あと10分だ」
マリアちゃんが言う。マリアちゃんは、映画告知のためにと撮った動画を、公式発表がされたら、即、配信するらしい。その事前告知もしている。
と、高峰さんが、声をかけられた。かけてきたのは、同い年くらいの女子三人組のようである。
一緒に写真撮りませんか、と、軽めに迫られていらっしゃる。高峰さんは困った顔をしながら断っているけど、女子三人組は、どうしてもダメですか? とねばっている様子。
「いいか?」
涼に顔を向けられ、「了解です」と頷く。
「おい」
涼はいつもより低い声を出して、高峰さんの横に立ち、高峰さんと三人組を、少し強めな眼力で見比べる。
「何がどうした」
「あ、あぁ……ちょっと、ね」
涼の登場に怯んだのか、その涼と高峰さんが会話をしたからか、三人組は顔を見合わせ、「あの、なんか、失礼しました」と、去っていった。
「……モテるのって、大変ですね」
「い、や、そういうのなのかな、アレ」
高峰さんが苦笑する。
「記念にって、なんの記念だろうね」
「年越し直前に、高峰さんに出会った記念、とかじゃないですか?」
「えぇー……」
高峰さんが、遠い目をした。
「お前、そんなんで同窓会、大丈夫なのか」
涼と高峰さんは、三学期直前の日に、墨ノ目の同窓会に行くという。中学時代の友達と、沢山語りあって欲しい。特に、涼には。
「……それは橋本にも言えると思うけど」
高峰さんのその言葉に、涼が首を傾げる。
「俺にもってなんだ」
「誘っておいてなんだけど。橋本、狙われるよ、たぶん」
「狙われる……?」
涼が、不思議そうな顔をする。
私はですね、こう、笑顔を見せています。ええ、笑顔を。
「まあ、橋本には成川さんがいるから、大丈夫だとは思うけど」
「……はあ?」
涼は盛大に顔をしかめて、嫌そうな声を出した。
「俺はお前みたいなの、されたことねぇだろが」
「今みたいなのはね」
ほーう?
「じゃあなんだ?」
苛ついた涼に、高峰さんは苦笑を見せる。
「……無自覚って怖いなぁ……あとさ、橋本」
「んだよ」
「成川さんに、引っかからないって伝えたほうが良いと思う」
高峰さんが私を見て、それに釣られるように、涼も私を見た。
「……、……光海」
「なんですか?」
「……えー、あー、その、カオは……?」
笑顔ですけど?
「同窓会、楽しんで来て下さいね」
ええ、もう、存分に。
「ま、ちょ、待った、待て。……なんだよお前……」
むぎゅ、と、抱きしめられた。
「行かないほうが良いか?」
「別に? 久しぶりに会う友達の人たちと、楽しんで欲しいです。本心ですよ、これは」
「……けどお前、」
「友達と、楽しんで、下さい」
「……なんかありそうだったら、高峰を盾にする」
高峰さんが「盾かぁ」と言った。
「そうですね、そのくらいの意気込みでお願いします」
「……こんな時ばっか可愛いこの、光海お前……」
「取込み中のところ悪いが、年明けたぞ」
マリアちゃんの声に、ハッとする。
「えっ、明けましておめでとうございます?」
抱きしめられてる間に年明けた?
てか。
「涼、ちょっと、色々確認したいので、少し失礼します」
手袋を外し、映画の告知とマリアちゃんの配信を見るために、スマホを操作して。
「……ミエラ先生……?」
映画の告知の、原作脚本の名前に、目を奪われた。
「ま、マリアちゃん……?」
マリアちゃんを見れば、コクリと頷いて、
「守秘義務でな、言えなくて悪かった」
「ぜっっったい観に行くね!」
「そう言ってくれると、有り難い」
「……あれ、え、じゃあ待って? ミエラ先生の公式は……?」
そっちに飛べば、ミエラ先生も、映画の告知を。しかも。
「原作、発売……?」
夢か? 今、夢を見てるのか?
よ、予約! 予約しないと! ああでも! まだ詳細は明かせないのか! く、くそぅ! 発売日とか、特典とか、いつ分かるの?!
「……俺、本の作者に負けたのか?」
「それとこれとは別じゃないかな」
◇
「パステルカラー・パラレルワールド……」
ウェルナーはスマホの画面を見つめ、その映画の名前を、マリアが出る映画の名前を、囁くように口にした。
タイトルの通り、パラレルワールド──並行世界を舞台にしているらしく、『どれが、誰が、本物なの?』と、告知画面に表示されている。
主要な配役の中に、三木マリア、とあり、マリアも配信動画で、『有り難い限りです』と言っていた。
「(マジで映画、出るのか……)」
ウェルナーは、放心したように言う。
4日に1度ほどのやり取りは続いていて、マリアから、『詳細は言えませんが、映画に出ることになりました』と、以前に教えてもらった。教えてもらっただけでも、嬉しいのに。
『良かったらまた、観て下さい』
観るに決まってる。ウェルナーは思った。
それに、最近、時々だが、自分が送る前にマリアから、メッセージを受け取ることがある。
夢のようだ。ウェルナーは思う。
マリアがどうして、こういった行動をしてくれるのか、都合の良い考えをしてしまいそうになる。その度にウェルナーは、自分を戒め、冷静になれ、と、念じる。
今も、そうだ。
『明けましておめでとうございます、ウェルナーさん。まだ寝ているかもしれませんが、私は友達と初詣に来ています。映画の告知もされたので、お暇な時にでも、告知動画、観てみて下さい』
門松のスタンプと、貼られたURLリンク。
今は午前の0時半で、レポートを纏めていたウェルナーは、すぐにマリアからの通知に気付いた。気付いてしまった。
感情がぐちゃぐちゃで、今、冷静に返事が出来そうにない。
「(マリア……なあ……)」
いつまで、どれだけの、友人で居てくれる?
「……Du bist mein Schatz……」
ウェルナーはスマホもパソコンも閉じて、椅子の上で膝を抱えた。
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