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85 廃れた世界と、同窓会
「……」
ソファに座り、いつもと違う銘柄の、先輩からのおこぼれを吸いながら、その画面を眺める。
思いつきのように送ってみた幾つかのメッセージは、未読のままで。
「カズ、何見てんの?」
自慢の胸を押し付けながら、覗こうとしてくる今カノに、
「んー……暇つぶし」
スマホの画面を暗くしながら言って、口からタバコを外し、彼女にキスをする。スマホをポケットに突っ込み、少し強引に腰を引き寄せる。
そのまま舌を絡めれば、さっきまで飲んでいたらしい、カルーアミルクの味がした。
抗うどころか、そのまま求めてくる彼女へ、コレ高ぇんだよなと思いながら、吸い始めたばかりだったタバコを床に落として、応えていく。こちらからも、求めていく。
「ヤるなら場所変えろよお前ら。見ながら歌いたくねぇわ」
「……へーい」
最近フラレたらしい別の先輩の、苛立ちが混じった言葉に、『カズ』は、口と手を離した。
今は、カラオケ大会の最中で。最下位の奴には、吐くまでイッキの刑が用意されている。
「えーヤダ。ココまでしておいてさぁ。ねぇ、カズ」
乱れた服をそのままに、彼女はカズに跨った。
「んまぁ、俺も、消化不良ではある」
太腿を掴み、引き寄せて押し付け、言う。腹の下は既に熱く、──けれど、胸の奥底はまた、冷えている。
付き合い始めて、2週間近く。その前から何度かしていたが、胸がデカくて躊躇いのないコイツのとそれは、まあ結構、気分がイイ。イイが、一時的なもので。
「ねぇ、なら、場所変えよ?」
甘く誘われ、キスをされる。首に腕を回され、今度は、彼女から舌を絡めてくる。
「……」
それに応えながら、コイツとはいつまで保つかな、と、思う。前のとは、それなりに長く──1ヶ月半くらい続いたんだよな。そう、思い出しながら。
『教えてあげるよ』
初めてのそれが、寝取るという行為だと分かっていても、快楽は快楽で。教えられて、溺れるように教え込まれて、バレて死ぬほどボコられてから、そういや、ここはそういう場所だったと、我に返った。
頭は冷えたが、覚えてしまったそれを、体は求めるようになる。
求めて、満たされて。暫くしたら飢えてきて、また求める。求めれば求めるほど、飢えは、強くなっていった。いつ現れたのか分からない胸の冷えも、強くなっていって。
気付けば、周りには、そんな自分を求める女で溢れていて。
「ヤメロっつっただろうが」
後頭部を強めに殴られて、その先輩が飲んでいたハイボールを浴びる。
彼女は、殴られる直前に身を引いていて、「もー、濡れちゃったじゃん」と、避けきれずにハイボールがかかった服をつまんで、不満そうに言った。
「……あーうん。悪い。先輩も、スンマセン。──お詫びです!」
誰が頼んだか忘れた赤ワインを、先輩にぶっかけた。
「……カズ……テメェ……」
赤く染まった先輩が、明確に怒りを向けてくる。
「やー、すんませんすんません」
心無い謝罪を口にすれば、それは、開始の合図となる。
「お前ら、程々にしとけ。出禁はあとが面倒い」
喧嘩の最中、リーダー格から、そんな注意を受けた。
「オーッス、勝ちー」
わざと覇気のない声で宣言して、床に転がり呻く先輩を踏みつけ、
「やー、勉強になりました。アザッス」
笑顔で、そう言った。
そのあとカズは、最下位の奴が吐くのを見届けて、彼女と『ホテル』に入る。
満たされても、飢えは消えない。胸の奥の冷えは、強くなるばかり。
「……」
寝ている彼女の横で、いつものタバコを燻らせながら、スマホを開いて。
未読のままのそれに、煙を吹きかけた。
成川光海。その、ラインの画面に。
◇
「橋本、髪、スゲェな。耳もスゲェ」
「言われると思った」
久しぶりに顔を合わせる友人に、涼はそう答える。
同窓会の会場である、墨ノ目の近くにあるファミレスに入ったら、
『なんだそれ橋本! めったくそ変わったな?!』
友人の一人に叫ばれた。
そして、まだ開始時間前だというのに、既に来ていた友人たちに囲まれて。
『高峰、助けろ』
『そこは自分で頑張って』
そんなやり取りを交わしながら、席についた。
「橋本、背ぇ伸びた?」
「4月の検査だと、181。今は知らん」
「あれじゃん。自販機と同じくらいじゃん」
「てか、ピアス、それ、どう付けてるん? 何個?」
「全部で20。種類は……アンテナと、インダストリアルと、……テキトーに選んだから、覚えてねぇな。てか、もう時間になるだろ。バラけなくて良いのか?」
現在、涼を囲んだ4人の友人たちと、そこに高峰も加えた6人で、テーブルに座っている。
同窓会の開始時間は、昼の12時。それまでもう、10分もない。
「別にこのままで良くね」
「2年ぶりだぜ? 積もる話もあるだろ」
「橋本、ラインのアカ消ししたじゃん。高峰もお前のこと話さないし。情報ゼロよ?」
涼は、渋い顔をする。
中学時代のアカウントは、友人の言う通りに消したのだ。グレたから、知り合い全てと、縁を切りたくて。
そのあと、そういう連中とつるみ始め、新しく作り、2年になる前の春休みに、今度はブロックという形で縁を切り、アカウントはそのまま使っている。
「繋がり直せば?」
高峰が言う。
「あ? 作り直したん?」
「なんだよ、高峰経由で参加の連絡来たから、持ってないのかと思ってた」
涼がなにか言う前に、周りは続々とスマホを取り出し、ラインを開く。
「一人ずつやってくとめんどいだろ? まず俺が招待するからさ。そこから繋がろうや」
一人が言い、QRを表示させる。
「……その積極性、どっから来んだよ……」
言いながらも、涼もスマホを出し、ラインを開き、それを読み取った。
「……通知の勢いが怖えわ」
同窓会グループに入った途端、4人が確認のメッセージやスタンプを送ってくる。
「このアイコン、犬? 何の犬?」
「サモエド」
「橋本、犬好きだっけ?」
「嫌いではねぇけど……この犬、彼女の家の犬だから。マシュマロって名前な」
友達登録をしながら、そう答えたら、
「彼女」
「彼女?」
「彼女って、Loverの彼女?」
「え? 橋本に?」
「なんだ悪いか」
涼が顔を上げると、友人たちは目を丸くしていた。
「……そんな意外か」
「いや、だってお前、……、……相手、誰?」
一人が、周囲を見てから、急に声を潜め、聞いてきた。
「クラスメイトだけど? その反応はなん?」
涼の言葉に、4人は揃って高峰へ顔を向ける。
「うん、嘘じゃないよ。橋本、名前くらい教えたら?」
「なんか、変なことに巻き込まれてる気がすんだけど? 言って平気なのか? これ」
周りの様子に困惑する涼に、
「僕から言おうか?」
「光海。成川光海」
顔をしかめて言った涼を見て、高峰は軽く吹き出した。
「橋本……ホント……成川さん大好きだよね……」
「笑うとこじゃねぇ」
二人のやり取りを見ていた友人たちは、
「まじか……」
「これ、今日、戦争起きる?」
「怖え。今から怖え」
「え、あ、じゃあ、高峰は? 高峰もか?」
「ううん。僕には居ないよ。あと、僕、今日は橋本の盾役を任されてる」
その言葉に、友人たちは呆気に取られ、
「はーい。まだ全員揃ってないけど、一応時間なんで。同窓会始めまーす」
立ち上がった、幹事の女子のそれで、同窓会が始まった。
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