87 盾役

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87 盾役

「やっと分かったか現状が」 「お前も高峰もいっつも危ない橋渡りやがって」 「気持ちは分かるけど、今すぐ帰ると、ついて来る可能性あるぞ」 「せめて全員が食べ始めてからにしろ」  友人たちの小声のそれに、 「お前ら急に頼もしいな……」  涼は言って、パフェとアイスとソルベ、そして3つある季節限定のケーキを、時間稼ぎも兼ねて一つずつゆっくり食べ始める。 「……」  こんな状況じゃなきゃ、しっかり分析したいんだがな。  涼はそう思いながら、けれど無駄にはしたくないしと、デザートへ意識を向けて食べていると、 「そこまで気にしなくても、大丈夫だとは思うけどね。そもそも複数人で牽制しあってるんだから」  高峰の言葉に、 「わあ、モテ野郎の冷静な分析」 「結託したりしない?」 「5人の気合いの入りようが怖いんだけど」 「分かる。この前と全然違う。凄いこう、こう……食われそうで怖い」  莉々花たちからの余波は、友人たちへ結構なダメージを与えたようだった。  莉々花たちは注文を済ませ、 「アイツさ、見た目だけじゃなくて、雰囲気? 変わったよね、なんか」 「分かる。なんていうか、頼もしい感じ」 「2年会ってないもんね。久しぶりだから、まだふわふわしてる」 「ふわふわって。夢見心地みたいな?」 「何その感想かわいー」  そんな話を、涼たちに聞こえる声量で話している。  涼は、もう少し遠い席を示せば良かったと若干後悔しながら、 『あの5人、フランス語、分かるか?』  と、高峰に送った。高峰は苦笑しながら、 『どうだろうね。話せるって聞いたことないけど、話せないとも聞いたことないし』 『じゃあ、試してみる』 『何を?』  涼は高峰を見て、5人へちらりと目を向けてから、 「(今すぐ帰りたい。つーか、あいつに会いたい。顔を見たい。声を聞きたい。癒されたい)」  テーブルに頬杖をついて、少し上を向きながら、大きめの声で一気に言った。  5人は涼へ顔を向け、驚きと困惑の表情を見せる。 「……分かってないっぽいね」  高峰の言葉に、 「もうさ、言っちまったほうが良いかな。この状況、疲れしか生まない」  涼は言って、最後のケーキを食べ始める。 「修羅場になるって」 「お前、躱しきれんのか」 「もしくは戦争勃発だぞ?」 「てか、今の何語?」  友人たちが言う中、 「……」  涼のスマホに、ラインが届いた。アカウント名からして、莉々花だと分かる。  加えて、開かなくても分かるほどの、短い文章。 『今なんて言ったの?』  涼はあえて開き、『愚痴』と送った。 「(同窓会って、こんな疲れるもんなのか? 俺、懐かしい顔を見たかっただけなんだけど)」 「あんまり分かってないけど、お疲れ様って言っとくよ」 「ありがとな、高峰。最良の対処法も教えてほしい」 「最良かぁ……言葉を選ばずに言っちゃうと、お前らなんか眼中にないって、思い知らせて諦めさせる、とかかな」  そこにまた、涼のスマホへ通知。  莉々花からのそれを開けば、 『ね、高峰からさ、付き合ってる人がいるって聞いたけど。どういうヒト?』  聞いてどうするつもりだろうな、と、思いながら。 『人間』 『なにそれ』 『なにそれってなん?』 『範囲広すぎない? ってこと。どんな人か全然分かんない』 『分かんなくて大丈夫だから』 『どういうこと? それ』 『そのままの意味』  涼はそこでスマホを閉じ、呼び出しをかける。 「(もうぶちまけたい。全部ぶちまけたい。今すぐあいつを抱きしめたい)」  そこに店員が来て、涼はコーヒーゼリーを頼んだ。ケーキはとっくに、食べきってしまっていた。  店員が下がると、5人がまた、やって来た。  友人たちが身を固くする中、 「ねえ、橋本。私たちさ、結構、仲良かったと思うんだけど」  莉々花の、咎めるようなそれに、 「俺もそう思うよ。色々頼ったし。それには感謝してる」 「それにはって、何? それ以外はどうでもいいの?」 「それ以外って? 話が見えないんだけど」 「はあ?」  莉々花は完全に、苛ついた顔になる。 「高峰には言ったんでしょ? それにさ、この感じ、周りにも言ったんでしょ? なんでこっちには教えてくれないの?」 「なんでそんなに知りてぇの?」  なんでもないように言った涼の言葉に、莉々花は怯み、 「ちょっと。それ、酷くない?」 「友達じゃん。友達のこと知りたいって思ったらいけないの?」 「会えるの楽しみにしてたのに。そんなふうに言うの?」 「橋本さ、私たちはどうでもいいの?」  後ろからの援護射撃に、面倒くせぇな、と涼は思う。 「友達だと思ってくれてんならさ、俺、ずっと友達で居たいからさ、それ、約束してくれんなら、話すよ」 「……何? その約束」  俯いた莉々花が、低い声で言う。 「橋本、分かってるでしょ。私の気持ち。分かっててそう言うんだ? ホント、……酷い……!」  床に雫が幾つも落ちる。涙だと、一目瞭然なそれに、また、援護射撃。そして4人も、泣き始める。  目を彷徨わせる友人たちと、ここまで来たらぶちまけるか、と思い始めた涼の横で、 「それは流石に、卑怯じゃないかな」  高峰が言った。 「5人ともさ、橋本をどうしたいの? そうやって泣いて、けど、明確な言葉にしてないよね。橋本の口から、言わせたいからだって、僕には思えるんだけど」 「何が、言いたい、ワケ……?」  泣きながら睨んでくる莉々花に、高峰は呆れ顔で。 「好きなら好きって、言えばいいのに。言えるだけの覚悟を持ってないなら、せめてさ、周りに迷惑はかけないでよ。このまま橋本に責任を押し付け続けるなら、店の人に言って、警察呼ぶよ?」  莉々花たちは驚いた顔をして、その場に固まった。  そこに、店員が複数人、やってくる。  一人はコーヒーゼリーを持って。  他の店員は、泣いていた莉々花たちへ、宥めるように、周りの客への配慮を求めて。  涼の前にコーヒーゼリーが置かれ、 「ありがとうございます。すいません、色々と」  涼のそれを聞いて、莉々花たちの顔が歪む。 「……私、帰る」  一人が言い、5人が4人に。  そこから次々に減っていき、莉々花だけになり、 「……橋本、1個だけ、教えて」 「なにを?」 「相手、高峰だったりしないよね?」 「は?」  涼はポカンとし、 「やめてソレ僕が刺されるから」  高峰が嫌そうに首と手を振るのを見て、 「……あっそ。じゃ、帰る。バイバイ」  莉々花も店をあとにした。  ◇ 「盾役を全うし過ぎたかな」  言って、プリンアラモードの残りを食べ始める高峰に、 「……もう、何をどうすんのが正解か分かんねぇよ」  橋本は放心したように言って、なんとかコーヒーゼリーを口に運ぶ。  そのスマホに、通知。 「……もう、なに?」  莉々花からのそれに、涼は頭を抱えそうになった。 『迷惑かけたのは謝る。けど、ブロックはやめて。お願い。橋本と、まだ友達で居たいから』 「日本語なのに読解が出来ねぇ……」 「諦めない宣言だね。まあ、本当に帰ったっぽいし、今日はもう、大丈夫じゃない?」  高峰が言い、 「お前の胆力が羨ましいわ……」  涼は深くため息を吐く。 「嵐が去った……」 「事件にならなくて良かった」 「死ぬかと思った」 「もー俺、トラウマになりそう」  肩の力を抜く面々に、 「なんか、悪い」  涼がそう言うと、 「でさ、時々話してたの、何語?」  一人が聞いてきた。 「あ? フランス語だけど」 「フランス語かぁ」 「急にペラペラ喋り始めるから、ビビったわ」 「なんて言ってたん?」 「え? 色々。光海の顔見たいとか」 「とか?」 「なんで食いつく」  そしてまた、光海についての質問が飛ばされ始める。 「いつからのお付き合い?」 「去年の5月からだけど」 「どっちから告った?」 「俺」 「成川さんもフランス語話せるん?」 「光海に教わったんだけど」 「教わった?」 「そう」 「は? 何? 個人レッスン?」 「みたいなもん」 「うわ肯定された……」 「引くなら聞くな。……高峰、笑うな」  高峰は肩を震わせながら、 「いや、ごめん。経緯を思い出して……」  その高峰の言葉に、4人は食いつき。  涼は、夏休みに光海とパリに行ったことや、パリでどう過ごしたか、光海と定期的に勉強をしていることなどなどを話す羽目になり。 「橋本、お前、彼女さんのこと大好きだな?」 「そーだよ悪いか?」 「揃いのピアスってなんだよバカップルか」 「馬鹿ではない」 「カップルを否定しない」 「つーかなんだもう相思相愛じゃん」 「その店行ってみたい」 「彼女さんに橋本のことを聞きたい」 「分かる。どうやって落としたか聞きたい」  途中から、友人たちの感想大会になり、そのまま同窓会の終了時刻となり、 「どうする? 二次会」 「カラオケなぁ……橋本は?」 「行っても良いけど、光海の顔見たいから、途中で抜けるぞ」 「ああ、バイト先?」 「そう」 「ならもうさ、連れてってくれよ」 「は?」 「高峰も行ったことあんだろ?」 「うん、あるよ」 「ならさ、俺らだけで行くより、警戒されないだろ」 「次いつこのメンバーで集まれるか分かんねぇし」 「行こうぜ。つーか連れてけ」 「先導は任せた」  その流れのまま、半分押し切られるようにして、『le goût de la maison』へ。  店独自の正月飾りを物珍しそうに見る友人たちを横目に、涼は、カラン、とドアを開ける。 「いらっしゃいませ。涼、高峰さん。……6名様ですか?」  いつもの笑顔をこちらに向ける光海を見て、安心感と愛しさを覚えながら。 「うん、そう。こいつら、同窓会のメンバー」  涼は、そう答えた。
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